2-1

 六月上旬。

 学習塾『&STEP』の二階ラウンジで、二人の少年が話をしていた。

 小雨が降っているらしい。窓から見下ろせる駐車場で、車のライトが細い雨の軌跡を照らしている。

 瞬は窓枠によりかかるように立っていた。湿度が高くて気持ち悪い。梅雨入りも間近だという。瞬はため息交じりに呟いた。

「真耶がいじめられてるっぽい」

 同じように外の雨を眺めていた考司が瞬の顔を見る。

「そうなの?」

 したくはない肯定をする。

「教室遠いから詳しくはわからないけど、廊下ですれ違う時いつも一人なんだ。この前の遠足でも一人で弁当食べてずーっと本読んでたし、ハブられてるのかも」

 学校で見る真耶は、瞬でさえ声をかけるのを躊躇うほど冷たい空気を纏っている。真っ黒な髪と白い肌が、印象をさらに重たくしている。

「あいつ、いじめられそうな見た目してるもんなぁ」

 考司が言うように、そう受け取る生徒も学校に少なくないということだ。それは事実なのだろうけど。

「考司がそれを言うかよ。その髪、いい加減切ったら?」

「んー。まぁ、そろそろな」

 考司は自分の前髪を指でいじりながら言った。襟足も随分長いし、全体的に髪の量が多い。塾生の中でもあきらかに目を引く姿だ。こんな髪、学校に通っていたら、絶対。

 ふと思ったことを言ってみる。

「そろそろ、学校も」

 だが、色々考えると最後まで言えなくなった。

「なに。いい加減来いって?」

 言葉の続きは考司が自分で補完した。罪悪感が芽生えて、うつむいてしまう。考司は皮肉な笑みを浮かべた。

「そっちはまだ当分行かねえ」

 だと思った。

 予想どおりの答えなのにがっくりする。急に目眩がした。

「あ、そ」

 気持ち悪くなって、ろくに返事ができない。瞬は壁に背をあずけたままズルズルとしゃがみこんだ。

「どうした? 顔色悪いぞ」

 考司が珍しく心配そうな声を出す。

「貧血。最近急に身長伸びてるみたいで」

「もっと食えよ。栄養が追いついてないんだ」

「ああ、うん。もう大丈夫」

 意識して深い呼吸を繰り返すと、しだいに目眩は止んだ。ゆっくり立ち上がろうとする瞬に、考司はしばらくそのままでいろと言って、隣の自販機で何か買った。考司は取り出したペットボトルを瞬に向ける。スポーツドリンクのラベルが目に入る。瞬は礼を言って、冷えたボトルを受け取った。

「瞬。お前、真耶がいじめられてることに責任とか感じてんのか?」

 喉をゴクリと甘い液体が通過していく。

 考司の指摘は鋭い。成長期なのに栄養が足りていないのは最近食欲が落ちているからで、食欲がないのは真耶のことで悩んでいるからだ。

「多少はね。真耶自身、少し変わったところがあるけど、それだけでこうなったとは思えない。実際、小学校の時は大丈夫だったし」

 小学生の時の真耶と中学生になった真耶は違う。

 春休みの間にあったなによりも大きな変化。

「やっぱり、親の再婚で同級生と兄妹になるとか、目立つんだよ。真耶は名字まで変わってるし、わかりやすい」

「おまけに兄になった同級生は医者の息子で塾に通っててスポーツもできる女子の人気者だしなぁ」

「それは、なんというか、よくわからないけど、関係あるのか」

「あるに決まってんだろ。血の繋がらない兄妹なんて少女漫画みたいな話、瞬を気に入ってる女子からすれば超羨ましいはずだ」

「それで嫉妬して真耶に八つ当たりしてるって? 僕らまだ中一だよ」

「充分、思春期真っ盛りじゃん」

 言われてみればそうだ。もしかしたら自分では気づかないようにしていたのかもしれない。そういう女子の気持ちのこととか。面倒くさい学校がもっと面倒くさくなりそうで。

「そっかぁ。じゃあなおさら僕が下手に踏み込まない方がいいかな」

 真耶が心配だ。どうにかしてあげたい。

 だがその気持ちだけで動くと事態が悪い方向に進むかもしれない。

「向こうから頼ってこない限り、しばらく様子見だな」

 考司も同意見だった。

 ここは見守るしかない。

 雨が強くなってきた。

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