第83話 八束

 部室の扉を開くと聞こえてきたのは、

「ぐおぉぉぉぉぉ。ぐおぉぉぉぉぉ。」

鼾(いびき)!?


 ブリーフィングルームの机の上に突っ伏している寝癖で髪がぐちゃぐちゃの人。誰だろう?

 寝てるのを起こすのも気が引けたので、そのままにして着替え日課に行った。


 日課を終わらせて部室に帰って来たが、相変わらず大鼾が聞こえる。どうしようと思い、部室の入り口で突っ立てた私に、

「どうかしましたか? 日向さん。」

 背後から部長さんの声。

「何々。」

 小南先輩も来た。そして、副部長さんと美星先輩も来た。百地先輩に関しては不明だけどいるはず。皆がタイミング良く揃ったみたい。

「あ、あの人…。」

 突っ伏して大鼾の人を指差す。

「あれは!(✕5)」

 皆が驚きの声を上げた。

「誰ですか?」

「あっ。日向さん、初めてですね。」

 部長さんのその言葉でピンときた。

「もしかして、八束(はつか)先輩ですか?」

「正解!」

と、小南先輩。

「初対面ですね。」

 美星先輩が続く。

「起こしましょうか。」

 部長さんが近付いて行く。


「八束さん。起きてください。」

 揺する。

「あん?」

 凄い寝ぼけた声だ…。

「ほら、起きてください。」

 再度部長さんが揺する。

「それだったら、これを使おう!」

 完全に寝ぼけてる。

「俺様が、考えた【磁力皮膜(じりょくひまく)】を、各関節のモーターに施(ほどこ)せば反応速度は上げられる!」

 何言っているか、全く解らないぞ。

「ほら。八束さん。」

 部長さんが揺する。

「理論上、反応速度は無制限に上げられる。[新人類]だろうが、[調整人間]だろうが、[強化人間]だろうが、問題無い!」

「起きてください。」

 今度は大きく揺すった。

「あん?」

 口元を右の袖で拭(ぬぐ)いながら頭を起こした。起き上がって初めて解った…。八束先輩の、寝癖の爆発髪の毛は両目を隠しているぐらいあると。


「ここは?」

 自分が何処にいるか解っていないみたいだ。

「部室ですよ。八束さん。」

「あれ? 部長…。お久しぶりです。」

「お久しぶり。」

 八束先輩は、キョロキョロと周りを見渡し

「副部長も、小南も、美星もいる。」

 またキョロキョロして、

「百地もいるはずだよね。」

「居ますよ。」

 部長さんの陰から出てきた。いつの間に!


 八束先輩は、全員を確かめた後、こっちを向いて、

「もしかして、あんたが[転生者]の日向ん?」

 来てない人まで設定が知られてる!

「始めまして、日向葵です。」

と、頭を下げた。[転生者]については、触れないでおこう。


 八束さんは、すたっと立ち上がりこっちに来た。そして、私の足元をじーっと見詰めながら後に回った。かと思ったらぐるりと周って正面に戻って来た。

「ふむ。」

と、今度は右手を取り、じーっと見詰めた。

「うーん。」

「あ、あの…。」

 な、何してるんだろう…。

「口開けて。」

 何故か言われた通りに、あーんと口を開けた。と、下唇を『うにゅー』って引っ張られた。かと思うと、じーっと観察された。

「舌出して。」

 下唇を離すと同時に言った。


 『べ~っ』と舌を出すと、やはり観察した。

「うむ。」

と、両手で頬を掴まれた。左右に『きゅきゅ』と振りながら観察。終わると、両目の涙袋を親指で、『ベロン』と下げ、覗き込む様に観察した。


 納得がいったのか、親指を離し

「何処かに、[転生者]の印(しるし)があるかと思ってたんだけど…、無いね。」

 腕組みをして目を瞑った。

「それは、そうでしょう。」

「どういうことですか? 部長。」

「だって、日向さんは[転生者]に覚醒前ですから。」

「な、何だってぇぇぇぇぇ!」

 凄いリアクションで驚いた。見てたこっちもびっくりした。

「覚醒前か、道理で印が見当たらないはずだ…。いや、待てよ。むしろ、覚醒前なら喜ぶべきか? 覚醒の瞬間に立ち会えるかもだ。」

 一人で納得しているぅぅぅぅぅ。


「ところで、八束さん。バイトの方は終わったのですか?」

 部長が聞いた。

「なんとか終わったよ。」

 話題を変えられたが、慌てるふうもなく、

「なんでも、イベントで二機同時に発表したいとかで、制作側が手に負えなって…。」

 どこかで聞いた話が…。

「こっちに、回って来やがった…。」

 染み染みと言ってる。

「ギリギリで間に合わせたら、今度はイベント終わっての再調整も回って来て、大変たらありゃしねえ。」

「あらあら。それは大変でしたね。」

と、部長さん。

「調整とかは、好きなんで大丈夫なんだけど…。納期が短くてさ。」

と、笑った。

「それで、授業中寝ていたと言うわけですね。」

「面目ない。睡魔に勝てなくて…。」

「でも、そんな状態でテストは大丈夫なんですか?」

「いざとなったら、学校のパソコンをハッキングして…。」

 悪い顔になったぁ!

「えーっ!」

 思わず声が出た。

「冗談! 冗談!」

 絶対に今のは本気だった。

「去年までの先生のテストの出題パターンと教科書の進み具合から、傾向と対策のプログラム作ったからテストの出題問題の的中率は90%以上!」

 それは、それで凄い。

「テストは問題ない。」

「まあ、それなら良しとしますか。」

 部長さんが納得したようだ。

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