第71話 部長
その日は、何かが違っていた。
その何かは、よく分からないけど、漂う雰囲気って言うのが私の感覚に近いと思う。
日課を終え部室に戻る。
「戻りました。」
扉を開けると、中から張り詰めた空気が流れ出してきた。何だか、皮膚を刺すピリピリとした何かが混ざっている気がした。
「お帰りなさい。」
部長さんが迎えてくれる。そして、気が付いた。この張り詰めた空気の出処が部長さんだと。
「日向さん。今日は、私と対戦しょう。」
ついに、この時がきた! 雰囲気を感じ取っていたのか、他の皆は平静を装っていた。
「解りました。」
不安とも期待とも解らない複雑な気持ちになった。
「では、アレ使いますか?」
美星先輩が、珍しく[アレ]って言った。いつもは、否定派なのに。
「アレは、八束(はつか)さんいないとセッティングが出せないから、【リョウサン】でいきます。」
と、スマホを取り出した。
気になるワード[アレ]とセットの[八束先輩]。そろそろ両方の正体を知りたいけど、ストーリーにはやっぱり秘密が必要だよね!
「日向さん。私の機体は【リョウサン】で、装…。」
「ま、待って下さい。」
と、部長さんを遮った。
「はいぃ?」
「装備は言わないでください。」
「何故かしら? 私は日向さんが使っている装備知っているのに…。それだと不公平でしょ。」
「世の中って平等な事ばかりじゃないです。むしろ、平等な事の方が少ない…。」
「そうですね…。」
「だから、面白い! って思うんです。」
ゆっくりと目を瞑る部長さん。そして、
「ごめんない。私は、驕(おご)っていたようです。」
今度はゆっくりと目を開き、
「面白くなくてはパンツァー・イェーガーじゃないですね。」
ニッコリしたが、今までの『ピリピリ』した空気が、『ビリビリ』したものに変わった。本気から超本気になったんだと思う。
「『遊びだから、熱中できる。』って教わりましたし。」
「【転生者】は伊達じゃないですね。」
その設定は継続中らしい。
「そ、それは…。」
言いかけてどう否定していいのか、判らなくなった。
「では、準備しましょう。」
それが助け舟になった。
「はい。」
コックピットに入り、シートのセッティングを始める。部長さんとの対戦だから、念入りに…。
ふと、部長さんとやるから念入りにセッティングするの? と自問。
しばらく考えてた。
で、思ったのは…、誰と対戦するからとかとかではなく、普通でいいんだと。ってか普通が大切なんだと。
そのせいでセッティングの時間が長かったのか、
「日向さん。トラブルですか?」
美星先輩に心配させてしまった。
「あっ、すみません。何でもないです。」
「了解です。では、セッティング終わったら言ってたください。」
「日向ん。緊張してるのかな?」
横にいるはずの百地に話しかけた小南。
「何か考えてたんじゃないですかね。日向んの事だから。」
話しかけた反対にいた百地には慣れているのか驚かない小南。
「ありえるね。」
「副部長は、この対戦をどう見ますか?」
美星が聞いた。
「そうね。日向さんって、考えて自分で何とかするじゃない。」
「そうですね。凄いと思います。」
「そうなのよ。そこが強みであり、弱点だと思うのよ?」
「強みは解りますが、弱点なんですか?自分で、考える事ですか?」
「そう、日向さんって何かあると自分で考えて対処するじゃない…。」
「ですね…。」
副部長の意図が読めない美星。
「それでね。考えて行動する事で無駄が少ないって思うのよ。」
「無駄が少ないって良い事じゃないんですか?」
「確かに、無駄が少ないのは良い事なんだけど…。」
含みのある言い方だ。
「無駄じゃない事だけで土台を作ったとして、その上に積めるものと…。無駄な事まで広げた土台の上に積めるもの。どっちが詰めるか?」
考える間もなく、
「無駄な事まで広げた方が、積めるものは多いですね。」
「そうなのよ。一見、無駄に思える事の上にも積めるものはある。って思うんだけど…。」
「何か含みがある言い方ですね。」
「今のは、長期的な目で見た場合って条件付きなのよ。」
「あっ。なるほど、」
「短期的に考えると、無駄が無い方が高く積める…。どちらが正解なのか、悩みどころなのよね。」
少し間を開け、
「副部長って、論理的なキャラでしたっけ?」
と、美星が聞いた。
「ふふふ。」
不敵に笑い、ポケットから黒縁の細長い眼鏡を出し掛けた。レンズが入ってないのは、眼鏡キャラの先輩である、美星には直に判った。
「これからは、知的なキャラにして目立とうかと…。」
「副部長…。」
「似合ってる?」
「これ以上、眼鏡キャラの比率上げると逆に目立ちませんよ…。」
「な、なんだってぇぇぇぇぇ!」
漫画でよくある稲妻が副部長の頭に落ちた。
「知的キャラにクラスチェンジしようと思って、コメント考えたのに…。」
「今の、件(くだり)って考えてたんですか?」
「うん…。いつか聴かれるって思ってたから…。」
「副部長は、今のままが一番目立ってますよ。」
美星が慰(なぐさ)める。
「本当? 今のままで目立ってる?」
美星がちらりと小南の方を見た。
「そ、そうでよ。副部長は今のままが一番良いんですよ。」
美星のアイコンタクトで小南が割り込んだ。
少し考えて、
「じゃあ、知的キャラ辞める。」
眼鏡を外してポケットに戻した。それを合図に、その場の面々誰からともなく小さく笑った。
そこから扉を一枚隔てたパイロットルームは、ビリビリした空気の濃度が上がっていた。
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