第3話 動かす

「美星さん。マップは何処が良いかしら?」

 部長さんが聞いた。

 えっと、確かオペレーターの人のはず。やっぱり答えたのはオペレーターの人だ。

「何も無い場所って、慣れないと動かし辛いかもです。基本マップ平地Ⅰとかどうです?」

「そうね。基本マップⅠでいきましょう。」

 部長さんも賛同した。

「セットしますね。」

 オペレーターさんが、カタカタやり始めた。

「カタパルトは無しで、リフトアップ発進にしましょう。」

 カタパルトって何だろう? 肩パットとは違うよね…絶対。


 正面のモニターが映った。倉庫の中みたいな感じで、鉄骨が組んである。

「では、上げますね。」

 多分、オペレーターさん。

「はっ、はい。」

 上げるって何? ここ1時間ぐらいで私の脳みそは10年分ぐらい働いたんじゃあ。


 モニターに映っていた鉄骨が下に向かって流れ始めた。上げるってこう言う事か、納得。


 暫くすると、今度は青空の草原(?)、平原(?)みたいな所が映し出され、下向きの流が止まった。

「地上です。」

 説明してくれたオペレーターさん。

「青空が綺麗ですね。」

 呑気(のんき)な発言をしてしまった。

「お好みなら、嵐とか吹雪もできますよ。」

「そ、そんな天気はいらないです。」

 また、慌ててしまった。


「とりあえず動かしてみましょう。」

 部長さんからの指示。

「えっと、えっと…。」

 どうするんだっけ? 確か部長さんが説明してくれたような…。

「左右の操縦桿をゆっくり前に。」

 操縦桿をゆっくりと前倒したにした。

 正面、左右のモニターの風景が微妙に上下しながら前から後に流れる。歩いている感覚なのかな?


「今度は操縦桿をゆっくり手前に引いてください。」

 今度は風景が微妙に後ろから前に流れる。

「前後移動はそんな感じです。」


「次は操縦桿を両方共に右にしてください。」

 前を向いたままに画面の風景が横に流れる。

「それが平行移動です。反対の左側も同じになります。」

 何と無く解った事にする。


「次は、操縦桿を右は右に、左は左に。開く感じにしてください。」

 あっ、画面の風景が下に流れ、暫くしたら上へ。そして、『ドスン』と言う音がスピーカーからして、画面が小刻みに上下した。

「それが、ジャンプです。」

 ジャンプするのか。ふと…。

「飛べるんですか?」

「飛べないですね。出来るのはジャンプだけです。飛べる機体もあるには、あるのですが…。」

 含みのある言い方の部長さん。

「機体を飛ばすのに、軽くする必要があるのと、燃料を積む場所の確保で戦闘能力が低下するので、使っている人は最近は見ませんね。」

 なるほど。納得したことにする。


「ジャンプとは逆に両方共を内側に倒すと、しゃがみの姿勢になります。狙撃などの重心を低くするのが目的で使用します。」

 狙撃って、眉毛の太い鋭い眼光の人がライフルで狙い撃ちしてる奴しか浮かばない。落ち着け私。


「特種な操作で、今は使わないませんが、両方の操縦桿を前に倒して、左のペダルを踏んでみてください。」

 えっと、両手で操縦桿を前に倒して、左足はペダルを踏むと。

 ちょっと難しいな…。

 メインモニターの景色の流れが変わった!

 操縦桿を前に倒しただけの時は景色が後ろに流れていただけだったのに。左のペダルを踏んだら、景色が右から左に流れた。

「今は前進している状態で、上半身を左に捻った状態です。右のペダルを踏むとその逆に右のに捻った状態になります。」

 ぐいっと腰を捻(ひね)る感じかな?

「ペダルを目一杯践むと90°まで旋回しますが、踏み込む量で角度は調整が必要になります。」

 もやもやっと頭の中で、腰をぐいっとするロボットが浮かんだ。

「しばらくは使わないと思いますが、覚えておいてください。」

 何に使うか解らなかったけど…。部長さんが、今は使わないって言ったから、使わないんだろうな。

 考えながら、左右とペダルを踏んでみる。進む方向と向いている方向が違うのは解ったけど変な感じだ。


「今までの操作を組合わせて移動するのが基本になります。」

 ふむふむ。

「美星さん。マーカーのポールを幾つか出してください。」

「了解で~す。」

 地面から番号の付いた柱が何本か出た。

「番号を言いますから、向かってください。」

「解りました。」

 でも、出来るかは別だけどね。


「標準設定だと、マップは右下に表示されてるはずです。」

 ちらりと見たら、簡略化された地図らしきものがあった。

「あります。たぶん、これですよね。」

「じゃあ…。えーと。」

 部長さんの悩む姿がモニターの小窓に映る。

「ランダムにしますか?」

 横からオペレーターさんが助け舟をだす。

「そうしましょう。」

「では、ポチッとなっと。」

 どこかで聞いた様な気がするのは、気のせいかな?

「どこの女子高生好きのメカニックだ。」

 後ろからの突っ込みが小さくスピーカーから流れた。やっぱり、合ってたみたいだ。


「三番のポールへ。大体の方向はマップを見て。」

「はい。」

 マップを確認。

「確認できたら、向かってください。」

「えっと、こっちだから…。」

 頭の中で機体の移動方向と、ポールの位置がぐるぐると回る。

 判った。たぶん、こっちだと思った方向へ操縦桿を倒して機体を移動させる。


 全然、ポールが近付かない。焦って、操縦桿を違う方向へと倒す。また、違う方向へ行くを繰り返してる。

 あっちへふらふら…。こっちへふらふら…。どっちへ行けばいいのか、よく分からなくなっちゃた…。

「慌てないで、ゆっくりでいいですから。先ずは、機体の進行方向をしっかり把握して、目標へ向けてください。」

「は、はい。」

 えっと、今進んでいる方向を確認して、その次にポールの位置を確認と。

 おっ、なんだかポールに近付いてる。やったね私。


 すったもんだの末に、何とか目標のポールへ行けた。一息つく間もなく…。

「次の目標ポールを設定しますね。」

 オペレーターさんがセットする。

「は、はい。」

 今度は最初からスムーズに動けた。ちょっとだけコツが掴めたのかも。


「大体、操縦桿での動かし方は解ったみたいですね。」

「なんとなくですけど。」

 本当に、なんとなくだけど。

「次は移動の時に、操縦桿を倒すのと一緒に、真ん中のペダルを踏んでみてください。」

 あっ、そう言えば最初に調整したなぁ。と、ぼんやり思った。

「解りました。えっと、操縦桿とペダル…と。」

 操縦桿をぐっと前に倒した瞬間に、ペダルをグイっと目一杯踏み込んだ。

「あっ。そんなに踏み込んだら!」

 部長さんが慌てた声を上げた。


 演出的には…

 機体のふくらはぎ辺りに装備されている高速ダッシュ用のタイアが地面に向かい「ガコッ!」って降りる感じ。そして、タイアが高速回転を始め、凄い空転からのグリップ!

 機体は弾かれた様に前に推出(おしだ)される。


「へっ。」

 次の瞬間に私が見たのは…。

 飛ぶ様に後に流れる風景!

 ぎゃぁぁぁぁぁ! 目が追い付かないぃぃぃぃぃ!


 あーっ! 大きな石? じゃなくて岩? この際どうでもいいんだけど!

 私に向かって突っ込んでくるぅぅぅぅぅ!


 も、もう駄目だ! 思いっきり目を瞑った。

『ドンガラガッシャンコン!!!!』

 スピーカーから激しい衝突音がして、画面いっぱいに、何やら警告の表示が出た。その警告表示の向こうには青空が透けて見える。


「アラートはこっちで消しますね。」

 凄い冷静な声でオペレーターさん。

 パッと消えた警告の向こうはやっぱり青空だった。


「操縦桿をジャンプへ。」

 部長さんの指示に、はっとして従う。画面いっぱいの青空がゆっくりと水平に戻る。それは、機体がゆっくりと起き上がっているって事。


「ゆっくりとペダルを踏んでって言わなかった私のミスですね…。」

 間を置き

「今は練習モードなので、機体にダメージは無いですが、試合モードだと衝突でダメージが入り、場合によっては深刻な事態になることもありますから、気を付けてください。」

 なんだかリアルな設定だな…。意識が違う方向へと。


 とりあえず解ったのは、馴れるまでは、『グイッ』と踏み込んじゃ駄目と…。

 今度は、操縦桿と一緒にちょこっと踏み込んでみる。

「あれ?」

 『びゅーん』とならない?

「ペダルの設定位置の関係で、もう少し踏み込まないと、ダッシュしないみたいね。」

 なるほど、納得です部長さん。


 ではでは、もうちょこっと踏み込んでみる。

 今度は、『びゅーん』てなった!

 操縦桿を両方共に前に倒すより速い感じのスピード。


 徐々にペダルの踏み込みを深くしていくと、『びゅーん』が、『びゅーーん』になった!

 解ってて踏むと焦らない! って解った!


 こっちのマーカーポールへ『びゅーーん』

 あっちのマーカーポールへ『びゅーーん』快適快適~♪

 なんだかフィギアスケートみたいだ。やったことないけど…。


「大分、馴れましたね。」

「はい。楽しいです。」

 ちょっとだけだけど思い通りになってきた。

「じゃあ。次のステップへいきましょう。」

「はい。」

 どうやら奥は深そうだ。


「左右の操縦桿の方向に、脚のタイヤの回転が連動しています。」

「はあ。」

 ちょっと混乱した。

「実感ないですよね。分かり易く言うと、右の操縦桿を前に倒してペダルを踏むと、右脚のタイヤは前に進む様に回転します。左の操縦桿を後に倒して、ペダルを踏むと、左脚のタイヤは後に進む様に回転する。では、どうなりますか?」

「えっと、右が前で、左が後…。」

 考え中。

「あっ、左回転します。」

「正解です。組み合わせれば、色々な動きができます。弾を避けながら、相手に近付くなんていう事も。」

「なるほど。」

 頭の中で、フィギュアスケートのイメージが更に膨らんだ。

「今度は、それを意識して動かしてみてください。」

「やってみます。」


 実際にやってみると、これが中々の難しさ。頭で考えてやるとワンテンポ遅れての操作。思い通りには動かない。

 なんて奥が深いんだ。


『びゅーん』『カクッ!』『くる』『カクッ!』『びゅーん』

 外から目線だとギクシャクした動きになっているのがはっきり解るかな?

 動かしている自分のイメージとかけ離れているのは、はっきり解るけど。


 それでも、やっていれば何とかスムーズになってきた…はず! と思いたい。

「えっと、確かこんな感じ…。」

 頭の中で膨らんだイメージを動きにしてみる。


「大分、上手くなったんじゃない?」

 話しかけた小南は、部長の顔を見て

「何か、気になる事でも?」

「何かは解らないですが。あの動きは気になります。」

と、首を傾げた。


 その頃、私のイメージは操縦桿とペダルの動かし方に反映され始めていた。

 何となく、いけそう!

 ペダルをぐっ、ぐい!『びゅん』『びゅーーーん』スピードが出た。

 左の操縦桿を目一杯後ろへ。

「ここだ!」

 心の中でタイミング測る。


 外から見たら…。

 機体がタイヤで高速移動中に、これまた、左へ高速ターン!

 高速ターンじゃなくて、高速スピン!   その瞬間に、膝を一瞬曲げて溜めを作り、跳躍!

『びゅーーーん』『くる』『たっ』『ぴょん!』『くるくるくる!』


「あっ!」

 画面で機体の動きを見ていた全員が声を上げた。


 助走からのトリプルアクセル!

 実際には三回転じゃなかったので、トリプルじゃないど…。

 正面のメインモニターの景色が凄い勢いで右へと流れる。


「で、出来た!」

と思ったのは束の間。

 スピーカーが

『ぐしゃ、ガン、ドギャ、ペチャッ。』

とアクション映画のカースタントでの事故シーンと同じ音を吐き出した。

 メインモニターも何を映しているのか、全く解らない。それが、高速で切り替わる。


 スピーカーの音と、モニターの映像の動きが止まった。

 その瞬間、ちょっと前に岩にぶつかった時に出た、赤い文字とスピーカーから流れる音が警告を告げていた。


 一瞬の間…。


「ひ、日向さん。」

と、部長さんの声。

「ご、ごめんなさい。」

 咄嗟に謝た。

「謝らなくてもいいのよ。でも、何をしたかったのですか?」

と質問。

「えっとですね。タイヤで『びゅーーーん』と動くのが、フィギュアスケートにそっくりだな、って。」

 皆が黙って聞いてくれていた。

「で、TVで見たフィギュアスケートでやってた、空中で回転する奴が出来るんじゃあ…。って。」

「あっ、なるほどね。そう言うことでしたか。」

 ドッとスピーカーから笑い声が流れてきた。


「あのね。日向さん。」

「はい。」

「助走からの空中スピンは、その機体のセッティングじゃ無理なのよ。」

「えっ! そうなんですか!」

「やるのでしたら、サスペンション、アブソーバ、機体のバランス等のセッティングして、専用の機体にしないと…。」

 よく解らない単語がいっぱいあったけど…。

「要するに野球選手に、いきなりフィギアスケートやれ。って言うみたいなことよ。」

 オペレーターさんが解りやすく言ってくれた。

 なるほど、物凄い納得。




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