二度目の暗殺
小碓は一瞬、ぽかんとする。
「お婆さん、十種神宝のことを知っているのですか?」
「おや、お前さん、知っているのかい? わたしは子供の頃、博識で優しい王子に教えてもらったんだがねぇ」
あの人は本当に良い人だったよ、と惜しむように口にした。
「しかし、知っているとはなぁ。前にこれを話した姉妹は、知らなかったのになぁ」
「姉妹……?」
「目が見えんから、似ていたどうか分からなかったけどねぇ。姉さんって言っていたから、姉妹だったんじゃろうなぁ。どっちか知らんけど、死返玉についてやたら訊いてきたなぁ」
小碓は、はっとなって宿禰の方を見た。宿禰も小碓の方に視線を向けていた。宿禰が頷いて、小碓も頷き返す。そして、再び視線を老婆に移した。
「すいません。その姉妹が訊いてきたこと、貴女が答えた内容を話してくれませんか?」
「えーとねぇ」
しばしの間。
「たしかねぇ……死返玉は今どこにあるかって、訊いてきたねぇ。それにわたしはこう答えたんだよ。確証はないけど、王族の墓にあるかもねぇ。たとえば、大王がまた蘇ってくるようにと願って、一緒に埋葬するとかって」
小碓の中に、一つの確信が芽吹く。
震える声を叱咤しながら、さらに問うた。
「それで、その姉妹はどこの誰か分かりますか?」
「さあねぇ。あ、そういえば」
老婆は掌にぽんと拳を乗せる。
「たしか、妹のほうの名前が、しめ、と言っていたねぇ」
息を呑む。
しめ……梓女。奈津の妹の名前と同じだ。
そういえば、二人の髪の毛は黒茶色ではなかったか。荒らされた墓の中に落ちていた、髪と同じ色。
そして。
『この子は息子が死んでから、たくさんの男に求婚されたというのにそれを断り続けるくらい、息子を想ってくれていてねぇ』
奈津の恋人は、数年前の戦で戦死した。そして、奈津は今でもその男の事を想い続けている。
まさか。そんな。
奈津が……?
「どうしたんだい? 黙り込んで」
老婆の声で我に返る。
「い、いえ。なんでもありません……」
「声がなんか元気ないけど、具合が悪いのかい?」
「大丈夫です。心配してくれて、ありがとうございます」
そう言って笑みを作るが、上手く出来なかった。幸いなことに相手は盲目で、小碓の顔が見えないので、それ以上心配されることはなかった。
その直後、すぐ後ろでばしっと何かを受け取ったような音がした。
びっくりして振り向いた。目前に手の甲がある。見慣れた、大きい手。
「宿禰!?」
宿禰の手から、ぼとっと何かが落ちる。それは、尖った石だった。小碓の小さな手でも、なんとか握れるくらいの大きさだ。よく見ると、人工的に削ったような痕が見える。自然に尖ったものではなさそうだ。
これが頭に当たっていたら、頭から血が流れるだけではすまない。
一体誰が。
その時、人影が不自然に動いた。
姿は民衆に紛れて、完全には見えない。だが、位置からしてあの影が石を投げたのだ。
「おい、矛を投げろ!」
「ほいさっさー! 皆さん、頭下げてくださいー!」
「ちょ、投げないでぇー!!」
宿禰の声に応じて、八柳が矛を影に向かって投げる。
民衆がぎょっと目を剥いて、慌てて、叫びながら地に伏せる。だが、矛は影に掠ったようだが、影の足止めにはならず、路地裏へ消えて行った。
投げた矛が一軒の家に突き刺さる。
「わああああぁぁぁぁ! すいません、すいません! 大丈夫ですか!?」
地に伏せた民が怯え、震え上がっている。見たところ、怪我人はいなさそうだ。
宿禰が舌打ちする。
「仕留め損ねたか……おい、小具那を頼んだぞ!」
「おう!」
「仕留めないで、お願いだから生け捕りにしてっ!」
分かっている、と言って人影の後を追いかけるため、宿禰も路地裏へと消えて行った。
小碓は脱力する。
「もう……なんで、こんな人が多いところで、矛投げちゃうの」
「すまね、つい」
「ついって……」
八柳の顔を見ると、頭を掻いて眉を顰めていた。
反省しているみたいだし、もういいか。
「何かあったのかい?」
小碓は老婆に視線を移す。
「いえ、お気になさらずに。怪我はありませんか?」
「ないよ」
「よかったです。あの、お話はまた次の機会でよろしいでしょうか?」
「構わんよ。長生きのこつは、先の楽しみを増やすことだからねぇ」
「ありがとうございます」
頭を下げて、八柳に顧みた。
「矛、回収しよう? それから、家の持ち主に謝らなくちゃ」
「うっ……今、いるかね」
「今いなかったら、後日伺おう」
刺さった矛に近付くと、その下に何かが落ちているのに気が付く。
八柳が屈んでそれを拾う。
「なんだ、これ? 髪?」
おそらく掠ったのは、髪だったのだろう。指で摘まんで、まじまじと見る。
「色は……黒茶色だな」
「黒茶色……?」
「おう、黒茶色」
頭を殴られたような錯覚に陥った。
もしかして、さっき自分の命を狙ったのは、墓荒らしの犯人と同一?
そして、その犯人は。
自分を抱えこむように、両手を腕に掴む。
彼女が、そんな風に見えない。墓を荒らして、自分の命を狙うような人には。
とりあえず今は、宿禰が早く帰って来て欲しかった。
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