老婆

 夜を越えて、太陽が昇る。様々な命が芽吹き、日の光を浴びて目覚める。

 それは人も同じで、日が山から顔を出すのと同時に活動を開始する。


 小碓と宿禰も同じ部屋で目覚め、着替えて朝餉を作った後、宿禰が寝息を立てている八柳を蹴って、三人で朝餉を共にした。


 そして現在。三人は都の中心に向かって歩いていた。



「八柳、本当に帰らなくていいの?」


「大丈夫だって! もう少し、ここを観光したほうが土産話も出来ていいだろうし!」



 小碓は申し訳なさそうに、眉根を下げる。



「それでも、僕は命を狙われているから、別行動したほうがいいと思うけど」


「一人じゃつまらないぜ! それに、別行動をとったら人質にされる可能性だってあるだろ? 固まって行動したほうが安心だと思うけど」


「まぁ、一理あるけど」



 親しく話しているところを見られていたら、その可能性は充分ある。



「あんたこそ、家の中にいなくていいのか? 命を狙われているなら、そっちのほうが安全だと思うけど」


「僕の館は警備の人もいないし、どこにいたって同じだよ。それになんか、動かないって落ち着かなくて」


「意外にじっと出来ない性質なのなー」



 中心に向かっていくほど、人通りも多くなる。

 視線を動かすと、女性たちがこちらを見て、ひそひそと囁いている。目を合えば逸らされて、そそくさと去ってしまう。



「なんか嫌な感じだな」



 小碓は苦笑を漏らした。



「仕方ないよ。剣を持っているし。それに僕は忌み子だって、一般の民も知っているから」


「忌み子ねぇ~。俺、お前のことそんな風には見えないけど」


「そんな風に言ってもらえて嬉しいよ」


「ひそひそと言われているのは、いつもより多いし矛を持っているからじゃないか?」


「あ、たしかにそれもそうだな」



 八柳が担いでいる矛に視線を注ぎながら小碓も、そうだね、と同感した。

 八柳の矛は、八柳の身の丈以上あり、普通の矛よりも刃の部分が大きく、刃も柄の横の長さを越えていた。



「それにしてもびっくりしたなぁ。玉が矛になるなんて」


「一応、他の武器になるけどなー。俺は矛が性に合っているから、矛以外はあまり姿変えないなぁ」


 館を出る時、小碓と一緒に行くと言い出した八柳に、念の為武器を持ったほうがいいと進言した。矛を渡そうとした小碓に、八柳は自分の武器を持っているから、と断った。八柳は橙色の勾玉を取り出して、それを握って振りかざった。するとどうだろう。八柳の手から棒状の光が現れて、それが矛になったのだ。


 その玉の事について聞くと、武甕槌命たけみかづちのみことと玉祖命が息を合わせて作った物で、親から譲り受けた物なのだという。


 武甕槌は軍神であり、雷の神だ。大国主命おおくにぬしのみことの治める葦原中国に行き、葦原中国を自分たちに譲るよう迫った神だ。



「色んな武器って、剣でも太刀でもなれるの?」


「なれるなれる! 弓もなれるんだけどなぁ。矢がないから、なっても意味がない」


「たしかに意味がないね。姿は固定されているの?」


「いんや? 俺が想像したまんまの姿になるから、固定の姿っていうのはないな。武器限定で何だってなれる」


「へー、便利だね」


「ま、便利っちゃ便利だけどな……」



 言葉を濁す八柳に、何か悪い点があるの、と訊くと。



「俺の想像力の無さが露見するから、ちょっと、な」



 と、照れくさそうに頬を掻いた。

 八柳の矛は、普通の矛と比べると刃が大きい。それ以外は普通の矛と変わらないように見える。



「その玉も特別な力を持つという事になるけど、それを狙っている可能性は?」


「うちに代々伝わるものだから、ずっと出雲にあるものだし神様の話にも登場してない。この玉について知っているのは俺と妹だけだからそれはないと思う」


「まあ、神が作った玉には特別な力があると立証したな」


「そういや足、もう大丈夫なのか?」


「うん、大丈夫。ありがとう、心配してくれて」



 昨日挫いた足は、大分痛みが引いた。たいして挫いていなかったということだろう。

 余所見をしていたからか。前から来る小さな影に気付かなかった。



「わっ」



 ぶつかって、小さな影が尻餅をついた。小さな影は、小碓の腰の辺りまでしかない老婆だった。小碓は慌てて老婆の肩に触れる。



「だ、大丈夫ですか!?」


「大丈夫だよ……すまんねぇ。なにせ、目が見えないもので」


「いいえ! 余所見していた僕が悪いんですよ。立てますか?」


「すまんが、手を引っ張ってくれんかねぇ。この年になると、立つことすら苦労で」


「もちろん。しっかり掴まってくださいね」


「俺がする」


「いいよ。宿禰は辺りを警戒して」



 老婆の手を掴み、相手も掴み返したのを確認して引っ張る。老婆の腰は浮いた。足が地面についたのと同時に、白い瞳を小碓に向けた。



「あと、木の棒もあったんじゃが」



 老婆の足元を見ると、木の棒が転がっていた。それを拾って、老婆の手に持たせる。



「ありがとうねぇ。お前さんは良い子だねぇ」


「良い子ではないですよ」


「卑屈されるな。お前さんは優しい子だよ」



 老婆は皺を深くして微笑む。



「おお、そうじゃ。これもなにかの縁。少しばかり、この老いぼれの話に付き合ってくれるかね?」


「え?」


「歳もとった、目も見えなくなった。唯一の楽しみは、話す事だけじゃ。少しだけもいいから、聞いてくれるかね?」



 八柳はすかさず、小碓に耳打ちする。



「どうする? この手は、少しって言いながら話が長いぞ?」


「うーん。でも、ぶつかった手前断るのも悪いから、聞いてあげたほうが……」


「ま、俺はどっちでもいいけどよ。旦那は?」


「小具那に任せる」


「じゃ、お婆さん。ここは人通りがあるから、隅っこの方に移動しますよ」



 老婆の手を引いて、道の隅に移動し、腰を掛けるのにちょうどいい岩に座らせる。



「そうさねー。何を話そうかねぇ」



 悩む素振りを見せて、老婆はよし、と頷く。

 離す内容が決まったようだ。



「そうだね、神様が造ったといわれている、不思議な力を持つという十種神宝について話そうかね」

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