二人の密談
「榛も彦星も元気そうで何よりだよ。毛艶もいい。大事に育ててくれて嬉しいよ」
馬小屋の前に櫛角別と宿禰はいた。櫛角別は榛の鼻を撫でて、満足そうに笑う。
「櫛角別王子からの贈り物です。大事にするのは当たり前ですよ」
本来なら、貴重な馬を小碓が貰う予定はなかった。そこで櫛角別が、二頭生まれたからあげるよ、と譲ってくれた馬が榛と彦星なのだ。
あの時の小碓の喜びようといったら。熱心に馬の育て方を聞き、日が暮れるまで世話をやって馬小屋でうたた寝することが多々あった。何回馬小屋の中で寝てしまった小碓を運んだことか。
「ところで王子。本題はなんでしょうか?」
「つれないねぇ、宿禰くんは。もう少し世間話をしようよ~」
「夕餉を作らないといけないので」
「あ、そうか。なら、とっとと話を済ませようか」
榛から手を離して、背を向けると柵に腕を乗せた。
「ねぇ、宿禰くん。今回、小碓を狙った人物なんだけど、どう思っている?」
「今回の犯人が、御墓荒らしの犯人と同一という可能性があるかと」
「そうだね。僕も思うよ」
どこからか、小碓が墓荒らしのことを調べていると漏れたとしたら。邪魔な小碓の命を奪おうと犯人が動く可能性だってあるのだ。
「それで決めつけるのは、証拠不十分だけどね。小碓が墓荒らしの犯人捜している事を知っているのは、僕達だけだ。小碓と君はそれほど行動していないから、噂になっていないと思うし。
僕らが会話しているのを聞くには、大胆過ぎる。
僕の邸は警備員がいるし、ここは人がいないけど、君が気配に気付かないなんて、そんな手練な人物は滅多にいない。
そこまで行くと警備員が犯人じゃないか、という可能性も出るわけだけど、僕の所の使用人は人を選んでいるからその心配はない。でも裏切る可能性はあるから、警戒することに越したことはないね」
「そうですね」
犯人は別にいる可能性もあるのだ。今回の件と墓荒らしの件が別々だという事も有り得る。むしろ、今の所そちらのほうが可能性として高い。
「こうとも、考えられるよね。これは、証拠も何もない。あくまで僕の憶測であり想像なんだけど、もし小碓が襲った犯人が墓荒らしの犯人と同一なら、誰かに依頼されて小碓を殺そうとしていたとしたら……ややこしいことになりそうだよね」
夜風が吹く。宿禰の頬を撫で、櫛角別の髪を泳がせる。
真摯な瞳で、宿禰は相手を見据えた。
「その可能性に行き着く、何かの情報を得たのですか?」
「僕個人の見解だけど、どうも最近闇の一族の動きが怪しい」
「闇の一族が?」
闇の一族。それはどの氏にも属さない、不確かな一族。物部と似たような役割を持っているが、根本的に物部とは違う。
闇の一族は大王に忠誠を誓い、そして大王の為なら何だってする一族だ。大王の護衛、身の回りの世話もやっている。常に大王に寄り添い、大王の為となれば、死ぬことすら厭わない。大王の命令となれば、どのような犠牲を払ってでも遂行する。見た目は人間だが、実際は人間の皮を被った化け物集団だ。
自分は、そのような一族の長に育てられたのだ。
「宿禰くん、宿禰から何か聞いていないかい?」
「前、話した時はなんとも」
「君にも話していないか……いや、君だから話すわけにはいかないのか。気のせいだったらいいけど、嫌な予感がする」
「闇の一族にも気を付けます」
「ああ。君ならそう言ってくれると思ったよ。君は身内でも、小碓のことになったら容赦しないからね」
「それ以前に、身内だと思ったことはありません」
「うわ、本当に容赦ないね! そういうところ、僕は好きだよ!」
楽しそうに笑声をあげて、櫛角別は宿禰の肩を叩く。
思いの外痛くて、眉間に皺を寄せる。すると、そのまま肩を軽く掴まれ真っ直ぐ見つめられた。
「じゃ、僕はこれで。小碓の事、頼むよ」
手を離して、門の前で待機していた護衛三人の許に向かう櫛角別の背中を見送って、先程掴まれた肩に触れてみる。
まだ、手の感触が残っている。
(今ので、三回目、だな)
小碓の事を頼むと言われたのは。
初めて針間姫の部屋に忍び込む前に言われたのが最初で、纏向日代宮を出る時が二回目。そして、さっきので三回目。
本当に櫛角別は、兄弟想いの長男である。
「言われなくても、分かっていますよ」
相手には届かないと知りながら、宿禰は強い声色で呟く。
「小具那を傷付けるもの全て、俺は絶対許さないので」
あの優しくて、自分にはない強さを持った子供を守る為、最後まで戦うと誓ったのだ。たとえ、強い敵が現れたとしても、高い壁にぶつかっても。
決して屈しない。彼が自分を信じてくれるから、自分は負けない。
館のほうから、小碓が宿禰を呼ぶ声がした。
宿禰は振り返って、小碓のほうへ歩み寄った。
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