姉妹
「姉さん、やっと見つけた!」
市場で歩いていると、息を切らした妹が駆け寄ってくる。奈津は両手を腰に添え、声を張り上げた。
「梓女! どこに行っていたの!」
「それはこっちの科白よ! はぐれたのは、姉さんじゃない!」
「梓女のほう!」
「姉さんのほう!」
二人は睨み合い、やがて奈津が溜息をつく。
「……ここは妥協して、お互いはぐれたってことで」
「そういう問題じゃ……まぁ、いいわ」
嘆息して、梓女は奈津の手を握った。
「もうはぐれないように、こうしましょう?」
ぽかんとした後、奈津はにこっと笑う。
「いい案ね! そうだ、茸余ったから、今度はお肉と交換しようか」
「塩は交換したの?」
「した! ねぇ、たまにはお肉食べたいでしょ?」
「そうね……鹿のお肉食べたいわ」
「決定! じゃ、行こう!」
手を繋いだまま、二人は歩き始めた。時折、奈津の口から、お肉お肉、と弾んだ声が聞こえてくる。梓女は微笑した。
「そういえば姉さん。いつから小碓王子と仲良くなったの?」
「真呂呼さんと粥菜さんの稲狩りを手伝おうと思って行ったら、そこに小碓王子がいらっしゃったの。小碓王子も普段、二人にはお世話になっているんだって。真呂呼さんも粥菜さんも孫のように可愛いって言っていたわ」
「王子を孫……」
「今度はちゃんと、挨拶しないとね? 梓女」
「え、あ、あの、わた、しは……」
消え入りそうな声に、可笑しそうに笑う。
「そうね。梓女はすぐ顔に出ちゃうから、怖がっているのが小碓王子に分かっちゃうわね」
「わ、たしは、別に……」
「そう。それなら、次はちゃんと目を見てあげなさい」
なんか気にしていたようだしね、と言って空を見上げる。
「それにしても不便ね。父さんが死ぬ前は、お肉に困らなかったのに」
「そう、ね」
姉妹の母は、梓女が生まれた直後に死んだ。それからは、父が二人を育ててくれた。再婚すればよかったのに、父はそれをしなかった。一途に母を想い、先の戦で戦死するまで母以外を愛さなかった。
父は、狩りの名人だった。狩りに出かけたら、必ず獲物を取ってきてくれた。
優しくて逞しかった父。そんな父が姉妹は大好きだった。特に妹の方は父が好きで、いつも後をついて回っていた。
「父さんが死んだ後、梓女ずっと泣いていたわね。朝と夜を何十回も回っても一向に泣き止まなかった」
「姉さんだってそうだったじゃない」
「泣いていたのは最初だけよ。後は梓女を慰めていたら、いつの間にか涙が引っ込んでいたわ」
なんで死んでしまったの?
どうして、わたしを措いていってしまったの?
父と一緒に戦っていたという男から、父の死を告げられて形見を渡された後、梓女はずっとそう口にしては、嘆き悲しんでいた。
奈津も悲しかった。悲しかったが、梓女の姿を見ていると悲嘆は二の次で、梓女の元気を取り戻そうと躍起になっていた。
「さて、鹿のお肉を探しましょうか!」
しんみりした雰囲気を打破するように、奈津は明るい声を出す。そんな姉に梓女は微笑を浮かべながら、とある所を指す。
「ねぇ、姉さん。少しだけ装飾品も見て回りたいわ」
「いいわね! たまには見ましょうか!」
それで茸が余ったら何を作ろうかしらねぇ、と他愛もない会話をしながら、二人は群集に消えた。
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