謎の少女

 下流の橋を渡り、遠回りして五十瓊敷入彦の墓に向かう。五十瓊敷入彦の墓の周りには家が多数あり、それらを避けるためだ。


 五十瓊敷入彦の墓に着くと、現場の調査をしている物部たちの怒声が耳に入ってきた。



「まだやっていたんだ。てっきり、もうやっていないかと思ってたよ」


「証拠が見つかっていないから、躍起になっているんだろう」


「証拠が髪の毛だけじゃね……」



 少し遠くからでも冷や汗を掻くような切羽詰まった空気が伝わってくる。



「あそこに僕が行ったら、きっと八つ当たりされる」


「犯人じゃないのに、犯人と決め付けられたりしたりとかしてな。よく言うからな。犯人は現場に戻ってくると」


「それはごめんこうむりたいなぁ」



 犯人扱いされるのは慣れているが、八つ当たりで犯人にされるのはさすがに嫌だ。



「あれ?」


「どうした?」


「御墓の前に女の子がいる」



 小碓が指差している場所に、一人の少女が調査している物部たちを眺めていた。歳は六、七歳くらいか。萌葱色の勾玉がついた耳飾りをしている。栗色の髪に白い上衣に鮮やかな赤色の裳。半透明の比礼ひれを巻いていた。



「父上と母上はいないのかな?」


「気になるか?」


「うん。服装から見るに、一般の子には見えないし、巫女みたいな恰好しているけど、なんか違うし」



 巫女は襷をしているが、少女はそれをしていない。上衣も胸から下の部分は、裳の中に入れているようだ。



「話しかけたいけど、大丈夫かな?」


「あそこだったら、物部たちから死角になっているから、物部には見つからないんじゃないか」


「そうだね。よし」



 意気込んで、少女に近付く。少女の近くまで行くと、立ち止まり少女に話しかけた。



「ねぇ、君。どうしたの? 父上と母上は?」



 少女がちらりと小碓を見やる。その瞳の色を見て、息を呑む。少女の瞳は、小碓が今まで見たことのない色をしていた。いや、見たことは一度だけある。昔、櫛角別に貴重な物だとこっそり見せてもらった紫水晶。あれと全く同じ輝き、色をしていた。



「……父も母もいない」



 感情の起伏もない、淡々とした声だった。表情も、影があって感情が欠落したように見える。



「そうなの? 一人?」


「厳密には一人ではない」



 そう言って、少女は小碓たちがいる反対側にある己の肩を見やった。追うと、少女の肩に一羽の白い小鳥が止まっていた。


 ああ、本当だ。一人じゃない。それにしても、とても大人びた子供だ。



「こちらからの質問もいいか?」


「あ、うん」



 少女は再び物部達に視線を向けた。



「あの者たちはなにゆえに、この墓を調べているのだ?」



 目を見開く。



「御墓荒らしのこと、知らないの?」


「墓荒らし……? いや。なにせ、わらわがこの国に来てから、朝がまだ四回しか来ていない」


「朝が四回……ちょうど、最初に御墓を荒らされたのが発見された日だね」


「なんだ、間隔があまり開いていない間に墓が荒らされたのか。何か盗まれたのか」

「うん、玉だけ盗まれたって」


「玉……?」


「うん、玉」



 少女は俯いて、考え込むように指を顎に添える。

 どうかしたのだろうか、と困惑していると少女が小さく呟いた。



「とくさのかんだから……」


「え?」


「すまん、これで失礼する」


「あ、ちょっと!」



 早足で、この場を立ち去ろうとする少女を呼び止める。だが、少女の足は速く、すぐ姿が消えていた。


 とくさのかんだから。それが一体何なのか分からない。

 ただ少女が、特別な力を持つ玉のことを知っているのかもしれない、と直感が訴えたのだ。


 もし、本当に犯人が特別な力を持つ玉を狙って、墓を荒らしているのなら。


 小碓は少女の後を追いかけるため、駆け出した。後ろで、「小具那、離れるな!」と宿禰の声が聞こえたが、それを振り払って少女が消えた方向に向かう。


 少女が向かったのは、民家がある反対側で大きな川が流れている方向。

 川の畔に着いて立ち止まって、辺りを見渡す。

 だが、少女の姿はない。



「どこに行ったんだろう」



 向こう側に渡る橋もない。逃してしまったか。



「林の中にいるのかな? でも、わざわざ林の中に行くかな……」



 とりあえず、中心に向かってみよう、と方向を転換した瞬間。


 どんっ


 背中を押された。

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