第二現場へ
今回の墓荒らしの件だが、証拠は一切見つからなかったという。当時の資料を照らし合わせたが、やはり玉だけが盗まれていた。二回目ということもあり、今後このようなことが起こらないように、物部は解部に他の墓の警備を任せることにした。尚、墓に埋葬された玉は未だに発見されていない。
以上が、櫛角別の使いから渡された木簡の内容だ。
その木簡は、情報が漏れないよう燃やした。
「なんで兄上は身内に宛てた木簡なのに、堅苦しい言葉を選んで書いたのか……」
「一、仕事の癖。二、もし誰かに読まれた時、宛てた相手がお前だと悟られないようにするため。三、その方が雰囲気出てなんか良い感じだったから」
「兄上の事だから、二と見せかけた三っぽいなぁ……一もありそうだけど」
半眼で空を見上げて、全てに同意した。
二人は第二の現場である、五十瓊敷入彦の墓に徒歩で向かっていた。五十瓊敷入彦の墓は活目入彦の墓より下流のほうにある。川を渡る船を使ったほうが早いのだが、操舵手と同乗者が身を竦めてしまうので、船は極力乗らないようにしている。
せめて、下流にも橋があったら良かった、と思う。
橋は上流、船が通れないくらい狭く底の低い川くらいしか架けられていない。小碓の館から五十瓊敷入彦の墓まで、道のりにある橋は合計五つ。三つは上流で、一つも上流だがこれは王宮と中央を繋ぐ、一般の民専用の橋だ。
もう一つは下流というより、脇にある船が通れない川にある橋だ。しかも、徒歩で行くには纏向日代宮の周辺を必ず通らなければならない。市場も然りだったが、そこは真呂呼と粥菜の為に我慢した。
本当はなるべく通りたくないが、仕方ない。
「ていうか、最初に墓を荒らされた時点で、警備したらよかったのに」
「同感だな。物部も解部も人員不足だから、手が回らなかったんだろうが」
「任される仕事多いもんね」
警備、事件、刑罰、軍事、呪術もその他多数、物部が担当している。
物部と並ぶ権力を持つ
大伴は他に多くの氏族を束ねており、それらの管理も行っている。
「言葉ではほとんど物部に押し付けている感があるけど、どっちとも同じくらい忙しいよね」
「役割分担としては、物部の方が多いと思うが」
「だからこそ、解部があるってことだよね」
纏向日代宮の横を通って、二つ目の橋を渡る。活目入彦の墓の横を通り過ぎようとすると。
「あ、小碓王子ー!」
聞き覚えのある声に呼び掛けられた。声がしたほうへ顧みると、片手に籠を持っている奈津がぶんぶんと手を振って、無邪気な笑顔を浮かべていた。
方向先を変え、奈津に歩み寄る。
「奈津さん、こんにちは。これから市場に行くのですか?」
「はい! 塩が無くなったものですから、茸と交換しようと思いまして」
奈津は籠の中を見せてくる。覗き込むと、多種の茸が籠一杯に詰められていた。
「けっこうたくさんありますね。あと、さっきから気になっていたんですけど」
と、小碓は奈津の後ろに張り付いて、震えている少女に視線を向ける。奈津の衣を強く掴み、背中顔を埋めこちらに顔を見せないようにしている。見覚えのある女だ。おそらく奈津の妹、梓女だろう。
彼女は苦笑いを浮かべる。
「ごめんなさい。あなたが王子と知って、すごく緊張しているんです。でも、小碓王子だけこの態度じゃなくて、この子、すごく人見知りなのですよ。初対面だと、大体こんな感じです」
初対面じゃないんだけどなぁ、と思いつつ仕方ないと割り切る。
「こんにちは、梓女さん」
「あ、ああああああああの、わ、わ、わ……う、うううううう」
「……」
どうしよう、すごく挙動不審だ。
これはむしろ、話しかけない方がいいのか。
「次に会う時は、まだ話せる状態になると思うので、お気になさらず」
「う、うん」
奈津が慣れた様子で弁解する。どうやら本当らしい。
「ご、ごごごごごなごごごがが! す、すすすすますすす……」
「訳、ごめんなさい、すいません。と、いったところか」
「あれ、通じている!?」
「さっきは、あのわたし梓女といいます、と言いたかったのか?」
「と、とりあえず無理に謝らなくていいですから、落ち着いて。ね?」
梓女は、うーうーと唸って、奈津の衣に顔を擦り付けている。奈津は、しょうがないなぁ、と苦笑して小碓を見た。
「よろしかったら、王子も茸いりますか?」
「ありがとうございます。ですが茸は館にまだあるので、お気持ちだけ貰っておきます。代わりに他の物でも交換してください」
やんわりと断り、小碓は微笑む。
「では、僕たちはこの辺で失礼しますね。奈津さんも梓女さんも、お気をつけて」
「あ、もしかして急ぎの用事が……」
「いえ、そんなんじゃありませんよ。ちょっとした野暮用です。では」
軽く会釈して、二人は姉妹と別れた。
しばし歩いてから二人を一瞥したが、梓女はまだ奈津の背中に張り付いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます