宿禰と小碓

「小具那、どうしたんだ?」


「それはこっちの科白! 遅いから、心配で……」



 と、言葉を途切り、小碓は宿禰の顔を覗きこむ。



「宿禰、やっぱり何かあった?」


「……どうして、そう思うんだ?」


「眉間にすごく皺が寄っているし、雰囲気がぴりぴりしてる」



 小碓は確信している顔で、強く言った。


 真っ直ぐな瞳に見つめられ、宿禰は溜め息を漏らす。

 本当に変なところで聡い子だ。好意にはとことん疎いのに、傷付いたり心が病みそうになると途端に聡くなる。その能力を好意の方に向けてほしいものだ。



「……今、父上と話していたんだ」



 観念して話す。小碓は目を丸くした。



「あぁ、宿禰さん? なるほど。何か言われたんだ」


「まぁ、な」



 濁して、視線を逸らす。小碓は、眉を八の字にして笑みを浮かべた。



「粥菜も真呂呼も待っているよ。そうそう。昨日の女の人もいるよ。片方の人だけでもう一人はいないけど」


「あぁ……腰布の」


「うん。粥菜たちの息子さんと恋仲だったんだって。今も、付き合いがあるみたい。あ、竹筒持つよ」


「いや、俺が持つ」


「いいから」



 そう言って宿禰が持っている竹筒の一つを、取り上げる。そして空いた手と手を繋いだ。

 驚いて小碓を見る宿禰に対して、小碓は優しく微笑む。



「ほら、行こう?」



 小碓はそのまま宿禰の手を引っ張り、歩き出した。


 繋いだ手が温かい。


 手を繋いだ、あの日のことが脳裏に蘇った。あの日は、自分から小具那に手を差し伸ばした。そして小具那は、おそるおそる小さな手を伸ばしてくれた。



「何言われたのかは知らないけど、どうせ、どうして宿禰が僕の傍にいるんだとか、得がないのに理解できないだとか、僕をけなしたんでしょ、宿禰さん」



 大体合っている。

 押し黙るのを肯定と見たのか、小碓は続けて言った。



「あの人が僕のこと、快く思っていないくらい分かっているよ。宿禰さんが疑問に思うのは仕方ないことだし、仕えて得のない王子っていうのは、本当のことだからね」


「小具那は、決して仕えて得のない王子じゃない」


「僕に出世は望めないよ」


「出世なんかどうでもいい」


「うん、宿禰ならそう言うと思ったよ」



 だからね、と優しく穏やかな声色で紡ぐ。



「宿禰が一番、安心できるんだ。一緒にいてくれるだけで、とても心強い。宿禰がいてくれたから、僕はここにいるし、笑っていられるんだ。僕、宿禰がいないと駄目なんだよなぁ」


「小具那……」


「一人で抱え込むなって宿禰はいうけど、宿禰も一人で抱え込んでほしくないなぁ。二人で分け合えば、痛みも悲しみも辛さも半分になるんだって教えてくれたの、宿禰だから」


「……努力はする」


「うん、そうして」



 小碓はどこか嬉しそうな声を漏らした。

 抱え込むな、か。

 と、言われても。



(俺は……お前がいてくれれば、笑ってくれれば、それだけで痛みなんて吹き飛ぶのに)



 それなのに、どうやって痛みを分け合うことができるのだろうか。訊いたら、照れて走り出そうとするから言わないけれど。


 手を強く握ると、小碓も握り返してくれた。宿禰は知らず知らずに、口元が緩んだ。


 あの時と変わらないぬくもり。あの時、自分を包んでくれた小さな手。



(このぬくもりがあるから、俺は)



 俺は、俺でいられる。

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