二回目の墓荒らし

 墓が荒らされた。また副葬品の玉全てが盗まれたという。


 今回は五十瓊敷入彦いにしきのいりひこ……大足彦の兄で、小碓の叔父にあたる人の墓と聞く。

 小碓が生まれる前に亡くなった人で、小碓が八のときに墓が完成した。



「犯人は同一なのかな?」


「多分そうだろう」


「真呂呼も言っていたけどさ、罰当たりだよね。荒らした人、祟りにあわなきゃいいけど」


「墓荒らしを心配することはない」


「だって、捕まえる前に祟りに合っちゃったって死んでしまったら、計画がぱぁになっちゃう」


「一理あるが、先にやるべきことをやるぞ」


「うーん」



 煮え切れないような声を出しながら、小碓は穂を石包丁で刈り取った。


 二人は今、真呂呼と粥菜たちの田んぼの稲刈りしていた。穂が付いている位置より、やや下の所を石包丁で切り、片手の手で切った稲を握っていく。稲は腰よりもやや高めの長さなので屈む必要はない。



「本格的に調査しようと思ったけどなぁ」



 結局、あの後は櫛角別と長らく世間話……と、言ってもほとんど一方的だったが……をしていて日が暮れてしまい、調査が出来なかった。


 だから今日こそは、と意気込んでいたのだが、真呂呼と粥菜から稲刈りを手伝ってほしい、と要請が来た。いつも世話になっている二人の手伝いを怠るわけにはいかない。だから、今こうして稲刈りをしているのだ。



「今日から夜の警備でもする?」


「物部に見つかったら、やばいぞ」


「だよね……今回の事で、夜の警備を強化するだろうしなぁ」



 手を止めて、小碓は空を見上げた。緩やかに流れる雲、晴れ晴れとした青い空。



「こうしていると、平和なのにね」


「世界はいつだって平和だ。ぎゃーぎゃーと騒いでいるのは、人間くらいだ」


「そうかー」



 なるほど、たしかに言えている。

 墓荒らしなど、動物たちにとっては関係ない事で、何かしら面倒を起こしているのは人間……しかもこの国だけだ。世界から見れば、ほんのささいなことにもならない事だ。



正哉吾勝々速日天押穂耳尊まさかあかつかつはやひあめのおしほみみのみことも、そんなことを言っていたらしいし、地上って神様から見たら騒がしいんだね」



 正哉吾勝々速日天押穂耳尊とは、太陽神である天照大御神あまてらすおおみかみの息子である。


 国譲り……元々、素戔嗚尊の子孫である国津神くにつかみ葦原中国あしはらのなかつかみ(地上)を支配していたのだが、高天原たかまがはら(神々の国)を支配していた天照大御神が葦原中国の支配権を主張した。自分の子、正哉吾勝々速日天押穂耳尊が相応しいと。


 だが正哉吾勝々速日天押穂耳尊は、天の浮橋(神々の国と地上との間に浮かぶ橋のこと)から見た葦原中国があまりにも騒がしかったので、引き返したという。


 その後、なんだかんだあって葦原中国の支配権が天津神に譲り、正哉吾勝々速日天押穂耳尊にそれを託そうとしたが、正哉吾勝々速日天押穂耳尊は自分の息子である天饒石国饒石天津彦火瓊瓊杵尊あめにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎのみこと(通称、瓊瓊杵尊ににぎのみこと)に託したそうな。


 瓊瓊杵尊そのが地上に降りた際、国津神の木花咲耶姫このはなのさくやひめと契りを交わしたのが、大王一族の始まりだとされている。



「今日は天気がいいな。風も気持ちいい」


「うん。今日も天照大御神の御加護があっていいね」


「そうだな……小具那、そっちの穂は全部刈り取ったか?」



 ぐるりと辺りを見渡す。



「うん、刈り取れたみたい。そっちは?」


「こっちもだ。じゃあ、一旦上がって別のところを刈るか」


「そうだね」



 そろそろ稲を持ちきれなくなった。稲を置く場所に運ばなければ。小碓は手が小さいため、握れる稲の数が少ない。一番近い畦道に刈った稲を置いているが、やはり不便だ。


 小碓は石包丁を持っている手を、衣服に擦り付ける。稲狩りは嫌いじゃないが、肌が晒されているところ……とくに手が痒くなるのは辛い。片手が塞がっているため、こうして衣服に擦り付けて痒みを抑えるしかない。



「小碓ちゃーん! 宿禰ちゃーん! そろそろ、休憩するよぉー!」



 遠くのほうから、粥菜が声を張り上げて二人を呼ぶ。宿禰が手を振って、それに応えた。



「休憩か。ちょうど疲れたとこ……!」



 一瞬、視線を感じて小碓は口を閉じた。

 視線を巡らせるが、宿禰と遠くにいる粥菜以外の人影が見当たらない。



(さっきのは……)



 何回も味わったことがある。王宮にいた頃、何度も向けられた。



(殺気……?)



 王宮内ならともかく、王宮から大分離れた場所で殺気を感じ取るなんて、初めてだ。



「小具那? どうかしたか?」



 宿禰が怪訝そうに訪ねてきた。



「宿禰、なんか感じなかった?」


「いや」


「なら、なんでもない」



 殺気に敏感な彼が気付いていないのなら、きっと気のせいだろう。

 畦道に置いてある稲を回収するため、小碓は稲の草むらを進んだ。


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