櫛角別の館にて②

「つまり君たちは、おじい様の御墓を荒らした犯人の事を調べている、ということだね?」


「はい」


「どうして調べているんだい?」


「父上に疑われてばかりなのは悔しいので、自分で潔白を晴らして何も言えなくなるようにしようかなと」



 それを言うと、櫛角別は口をぽかんと開けた。



「実に良い考えだと思うけど、珍しいね。小碓がそんな行動を取るなんて」


「提案したのは宿禰です」


「あーなるほどね! 小碓はそれに乗ったわけか。しかし、宿禰くんもやるね~。たしかに一回は父上に、ぎゃふんって言わせないと気が済まないよね!」


「恐縮です」



 櫛角別がばんばんと膝を強く叩きながら、笑声を上げた。



「いいね、いいね! うん、そういうことなら協力するよ」


「兄上……ありがとうございます!」


「いいさ。可愛い弟のためだ。ただし、僕が言ったこと、これから話す事は内緒にしておくこと。いいかい?」



 人差し指を口許に寄せて、櫛角別は微笑する。小碓が頷くと、彼は満足した顔で頷き返した。



「今回の件は、難航しているらしくてね。証拠品は先程言った毛しかない。しかも、黒茶色は珍しくないから、特定するのは無理だ。


目撃情報も御墓の近くに住んでいる人が深夜、何かが崩れたような音がした、という証言しかない。その人は、外に出て周りを確認しただけで、御墓までは気が回らなかったらしい。


まぁ、当たり前だよね。まさか御墓が荒らされるなんて誰も思わないし。御墓の敷地に入ったら罪だし。月の位置も確認しなかったから、正確な時間も分からない。深夜に出歩く人なんて滅多にいないから、目撃情報がないのは仕方ないけどね。

だから今の所、お手上げ状態」



 両手を大げさに上げる。大きな溜息をつき、再び片腕を几に乗せた。



「物部、解部の動きは?」


「しばらくは、市場で交換された玉を見て回るってさ。現場検証以外、それしか出来ないからね~」


「たしかに玉は、交換するか身に付けるしかありませんからね」



 宿禰は納得する。小碓の方はうーんと唸りながら、こう言った。



「それもそうだね。けどまあ、玉に特別な力が宿っていたら話は別だけど」


「飛躍した発想ですね」


「あはは、特別な力を持つ玉なんて聞いたこと……」



 すると櫛角別が、顎に手を添え何やら真剣な顔をして黙り込んでしまった。急に黙り込んでしまったので、小碓と宿禰は顔を見合わせていると。



「なくはない、か」



 と、閉じていた口を開いて、静かに呟いた。



「なくはない、というと?」


「ほら、習っただろう? 三種の神器。その中に玉があったよね?」



 三種の神器。それは高天原から持たされた、剣、鏡、玉のことだ。


 剣は、天叢雲剣あめのむらくものつるぎ。天照大御神の弟君、素戔嗚尊すさのおのみこと葦原中国あしはらのなかつくにに追放された後、とある夫婦と娘に会い、娘を助ける為に大蛇おろちを退治した。その死骸から取り出された剣だ、その後、素戔嗚尊はそれを天照大御神に献上した。


 鏡は、八咫鏡やたのかがみ。天照大御神が天岩戸あまのいわとに閉じ籠もった際、天照大御神を呼び戻すために石凝姥命いしこりどめのみことという神が作った鏡だ。


 玉は、八坂瓊勾玉やさかにのまがたま。これも八咫鏡と同様で、玉祖命たまのおやのみことという神が作った玉だ。



「ですが兄上。八坂瓊勾玉が不思議な力を持つ話は、聞いたことがありません。ましてや、八坂瓊勾玉は今行方知らず。とても、おじい様の御墓に埋葬されたとは思えませんが」



 天叢雲剣と八咫鏡は現在、伊勢大御神宮に納められているが、八坂瓊勾玉だけは行方知れず。いつ頃から行方不明になったのかも、正確なことは分かっていない。



「神が作った玉だ。何か特別な力が秘められても、僕は驚かないよ。それに僕は例をあげただけで、犯人が八坂瓊勾玉を探しているとは言っていない。八坂瓊勾玉じゃないにしろ、特別な力を秘めた玉の存在はあるかもしれない。犯人がそれを探している可能性がある。たださ」


「なんでしょう?」


「なーんか引っ掛かるんだよね~。なにか忘れているような……」



 しばらく考える素振りを見せた櫛角別だったが、うん、と頷いた後に爽やかな笑顔をさらした。



「思い出せないね! 思い出せないのは、すごくすっきりしないけど、思い出せない事に時間を食ったら勿体ないしね! 思い出したら話すよ。それでいい?」


「まぁ……無理に思い出せなくても、いいですよ。そういうのは、別の事をしている時にふっと思い出すものですから」



 あるいは、終わった後に思い出すのだ。

 あるあるだね~、と櫛角別はおどけて笑う。



「さて、僕が知っていることはこれで全部だよ。お役に立てたかな?」


「はい、ありがとうございます。お時間を取らせてしまって、申し訳ございません」


「そんなことはないさ! 久しぶりに小碓と話せて楽しかったし、小碓の言葉で新たな可能性も出てきた。ありがとう」


「まだ決まったわけでは……」


「そうだね。だから、この事は三人だけの秘密ってことでいいかい? それにこれは、物部と競争になるからね。情報と憶測は、秘めたままのほうがいい」


「物部と競争……」



 言われてみればそうだ。物部が先にこの事件を解決しては、大王に仕返しができない。大王を黙らせたいのなら、物部よりも先に事件の真相、そして真犯人を突き止めなければならない。


 今更ながら、自分がしようとしていることがどんなに難儀なことを自覚して、小碓の身体が強張ってしまった。


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