二人の姉妹
「本当にやるの?」
「決めたのは小碓だろ。さすがに俺も小碓が疑われてばかりでは、腹が立つ。一回くらい自分で潔白を晴らして、大王を黙らせないと気が済まん」
「それ、宿禰の個人的な怒りだよね」
呆れたような口調だが、それとは裏腹に小碓の顔は嬉しそうだった。
「でも、宿禰の言う事は一理あるからなぁ……やってみるか」
「その意気だ」
二人は彦星と榛に乗り、館周辺を散歩していた。榛に乗っている小碓の後を、彦星に乗っている宿禰が付いていく。外れは民が住んでいる家が点在していた。中央と比べると森に近く、木々が生い茂っている。人は少ないが、全くいないわけでもない。
本当は今すぐにでも行動に出たかったが、まずやるべきことをやってから集中したい、ということで榛と彦星の散歩をすることにした。久しぶりに館の外を歩いたからか、二頭は首を上げており、足取りも軽やかで尻尾が高く揺れている。
「まずは情報収集だな」
「そうだね。でも、物部氏と解部が素直に情報提供してくれるかな?」
この氏族は、真面目で伝統、そして規律を重視している人が多い。謂わば、頭の堅い人間の集団で、忌み子である小碓の話に取り合ってくれないだろう。それに、小碓は政から意図的に切り離されているため、接触することもできない。
「うーん。父上には報告しているだろうけど、纏向日代宮には行きたくないし、父上が僕と会うわけがない。櫛角別兄上だったら、何か知っているかな?」
「櫛角別王子にも、報告している可能性はあるな。散歩ついでに行ってみるか」
櫛角別の館は、纏向日代宮に近い所にあるが、小碓の館と同じ纏向日代宮を向かって左の所にあるので、ここからそれほど遠くない。
「でも今の時間、邸にいるかな? 政で纏向日代宮にいると思うけど」
「あの人、たまにさぼるからいるかもしれないが」
体調不良だとか言って、王子としての仕事を放棄する癖がある櫛角別だが、不定期の為、今日いるかどうかさえ分からない。放棄するなと言いたいところだが、休みも肝心肝心、と聞く耳を持たない。
「でも、奥さんと女人と警備の人ならいるだろうから、いなくても帰ってくるまで待たせてもらおうかなぁ」
「そうするか」
手綱を引いて、進路を変える。この道を真っ直ぐ行けば、櫛角別の館が見える。
道なりに進むと、途中で二人の女が一本の木を見上げているのを見掛けた。長い木の枝を危なっかしげに木の上に向かって振りかざしている。
「どうかされましたか?」
話しかけると、女たちの肩がびくっと震えた。二人はおもむろに小碓の方を振り返る。馬に乗っているので、小碓が二人を見下ろす形になる。
一人は健康的な肌で、精彩な顔をした女。もう一人は、対照的に青白く、目元のそばかすが目立つ女だった。二人とも、黒茶色の髪をしている。年は宿禰と同じくらいか、年下のようだ。少なくても、己よりも年上に見えた。
「あ、あの……」
そばかすの女がおどおどと口を開く。
この時代、馬は珍しい生き物だった。それを所有している者は、上流、中級階級くらいしかいなかった。馬に乗っている小碓たちに驚き、そして怯えているのだろう。
小碓は微笑んでみせた。
「何か困っているようですが、よろしければお力になりますよ」
二人は困った風に眉尻を下げ、再び木を見上げた。その視線を辿ると、木の枝に白い腰布が引っ掛かっていた。風でゆらゆらと泳いでいる。風で飛ばされたのだろう。
これくらいなら小碓の身の丈でも、榛の上に立てば届く。
「少し、どいてください」
二人が数歩下がったのを確認して、榛を木の傍らに移動させて立ち上がる。足場は不安定だが、平衡が取れているので大丈夫そうだ。
手を伸ばし片手で枝を掴み、もう片手で腰布に触れる。絡まっていた腰布を丁寧に解き取り、ゆっくり屈んで二人に見せた。
「これは、どちらのでしょうか?」
「あ、あたしのです」
精彩な女が手を挙げる。どうぞ、と小碓は女に腰布を差し出した。
「今日は少々風が強いので、気を付けてくださいね」
「あ、ありがとうございます!」
礼を言う女に、どういたしまして、と応える。
「王子、そろそろ」
宿禰が促す。他人がいるから、いつもの小具那ではなく王子呼びだ。
「では、僕はこれで」
そう言って、小碓は手綱を引いて再び道を進む。宿禰もその後に付いていき、ふと女たちを一瞥した。女たちは呆然と、自分たちを見つめている。
そこから視線を外し、辺りの気配を窺った。
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