月広告

 ある電子機器会社が、巨大プロジェクターを開発した。世界で一番大きく、性能のいいプロジェクターは、月にも映像を投影できると謳い、冗談半分で、月に表示したい広告を募集してみることになった。

 それに名乗りを上げたのは、あるロックバンドだった。夜空に浮かんだ月に、バンドロゴやMVを映し出す計画は成功。しかし、月に気を取られた人が事故を起こしたり、月を我が物のように道具扱いするのは傲慢であるとか、夜空の景観を壊しているとする批判も大きかった。それでも、すでに複数の国で人気の高いビッグバンドであったそのバンドは、より知名度と注目度を上げた。一部のファンから、その攻めの姿勢と気合いが高評価を受けたことではずみをつけ、世界のトップへとのし上がっていった。

 ロックバンドのプロモーション効果が絶大であったことから、ほかにも、月に広告を投影したいという団体が次々と名乗りを上げた。大企業が入れ代わり立ち代わり、満月の日を取り合うように、広告を投影するようになる。

 そんな中、大企業ばかりが月を独占することに警鐘を鳴らすため、ある企業が広告権を買い占め、分割して一般に販売した。その結果、テキストや画像が次々と表示されることになった。権利は、それぞれ表示時間によって価格が違っていた。安価な権利を使って一瞬だけ表示されるものもあったが、少し高価な権利を使って、数分間表示されるものもあった。それらは、わざとくだらないものや意味不明なものを表示させようとする者、プロポーズの手段にしようとする者などにも利用され、雑多を極めた。

 しかし、あるハッカーがプロジェクターにつながるコンピュータをハッキング。月に卑猥な映像を投影し、月広告事業はさらなる猛批判にさらされることとなる。

 そこで事業者たちは反省するが、自らの技術を誇示することはやめるわけにはいかなかった。月広告事業に賛同してくれる非営利団体の広告のみを表示することにした結果、月には、理想主義的なスローガンばかりが映し出されるようになった。

 月広告が発展していく過程で、満月の夜には空を見上げるようになっていた人々だったが、もう誰も夜空を見上げなくなっていた。月に映るスローガンに、誰も興味を持たず、月自体が、自己顕示の象徴のように受け止められるようになっていた。かつては神秘や狂気、美の象徴だった月は魅力を失い、疎まれるようになった。

 そしてとうとう、月広告事業を始めた会社が倒産。巨大プロジェクターは役目を終えることとなった。

 月が本来の姿に戻った日、月広告が始まって、十年の月日が経っていた。月広告のある世界にしか生きたことのない子供たちは、初めてなにも映っていない満月を見上げ、衝撃を受けた。その日、唖然と夜空を見上げる子供たちを見て、大人たちも、久しぶりに夜空を見上げ、電気のない時代、夜を照らす月に神秘を感じた古代の人々の気持ちをよみがえらせた。

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