第7話
それからというもの、仕事を覚えるために田中書店の店主の下で働き出した。
「それじゃあ、こっちの棚に新しく来た本を入れてね。」
店主に指示されたとおり、段ボールに入っている本を棚の近くに移動させ、並び順を考えながら棚に入れていく。
私は最近、朝七時には起きて朝ご飯を食べ簡単に身支度を整え、九時の出勤に間に合うように家を出ている。これが週に五日。とりあえず見習いとして田中書店に通っているため、週に二日はお休みをもらうことができている。
仕事を辞めてから、私の生活にほとんど時間という概念が存在していなかったことに改めて気付かされる。夜寝たいときに寝て、朝起きたいときに起きるとだいたい朝というよりもむしろお昼に近い時間、十一時くらいに起きることが多かった。そうすると朝ご飯を食べる必要がなく、お昼ご飯もおきてすぐなので特に必要なかった。夜ご飯まで全く何も食べないこともあるし、田中書店に行きたいと思い外出するようなときには、帰りがけにコンビニで菓子パンやお菓子を買ってきて、それで済ませてしまうことも多かった。
好きなものを食べて、好きな時間に好きなことだけしていればよかった。それは一見とても楽で、とても楽しいことのように思えるが、きちんと生きて、きちんと活動している、つまりきちんと生活をしている一だからこそ楽しめることなのだ。
少し前の私のように毎日がその状態だと、楽しさなんてほとんど感じない。毎日無気力で、ただただ生きている、そんな感覚に襲われる。そこから逃げだそうとしてもそれはとても難しく、結局抜け出すことすらできない私は、無気力な世界に身を置くことしかできない。
そんな世界からずっと抜け出せないかと思ったけれど、店主の言葉をきっかけにかわることができた。その点では本当に感謝している。棚に本を入れていきながらそんなことを考えていた。
「唯ちゃん、終わった?」
店主に声をかけられ、はっとする。ついつい少し前のことを思い出していたら、考えることに夢中になり、動きが止まっていたようだ。
「ごめんなさい。すぐ終わらせるね。」
店主に謝り、手を動かす。
本の題名を見ながら、こんな本もあるんだなと思う。普段だったら私が手に取らず、出会うことのないであろう本たちがこのお店にはたくさんある、というかありすぎる。もちろん、ここは本屋なので本がたくさんあるというのは当たり前のことなのだけれど。
田中書店の開店は十時。それまでに清掃等を終わらせる必要がある。そして十時になるとお店を開ける。そこからは、ただひたすらお客さんを待つばかり。
お店を開けてからの方がやることは少ないかもしれない。ただそれは田中書店だからだろう。平日の昼間は商店街の人通りが少なく、それ故に本屋に立ち寄る人も少ない。人通りが少し多くなってくる夕方、何人かが田中書店へ立ち寄り、すぐに店を出て行く。そんな人を見送り、一日が終わっていくことが多い。
今日もそんな田中書店にとって当たり前の一日になると思っていた。でも今日はいつもと少し様子が異なるようだった。
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