第5話

 家を飛び出した私が向かった先はもちろん田中書店である。午後四時四十三分、家から田中書店までは歩いて十分。午後五時に店を閉めてしまう田中書店には歩いて行っても十分間に合うだろう。しかし私は田中書店までの道のりを必死に走った。走ることで自らが感じる不安感を吹き飛ばし、さらには田中書店でおそらく私のことを待っているだろう店主に、今すぐこの気持ちを伝えたかった。


 午後四時四十八分、私は田中書店に着くなりすぐに店内へと足を踏み入れた。


 「おじいちゃん!」


 私が勢いよく店に入るなり店主に声をかけると、そこには店主だけでなく今まで店主と話していただろう年配の女性の姿が目に入ってきた。


 「あ、すみません!」


 勢いよく店に入ったことで二人の会話が途切れたのがわかった。途端に恥ずかしさがこみ上げてくる。そんな私を見て、女性は「あらあら」と言うように品良く笑った。


 「唯ちゃん、いらっしゃい」


 店主は先ほど同様、私を優しく迎えてくれた。


 「唯ちゃん、こちらは五月さん。五月さんもよくお店に来てくださるんだよ。五月さん、こちらは唯ちゃん。」


 そう言って店主は私と五月さんに両者の紹介をしてくれた。店主から紹介を受け、五月さんに挨拶をすると、五月さんも挨拶を返してくれる。そういえば五月さんのこと、何度かお店で見かけたことあるな、と五月さんの笑顔を見ながら考えていると店主が五月さんに話しかけた。


 「五月さん、さっきも話していたのだけれど、私はそろそろ引退しようと思っていまして。」


 「ええ、本当に悲しいです。この田中書店は私にとっても大切なお店でしたのに。」


 五月さんは目を伏せながらそう言う。五月さんの言葉からひしひしとこの店に対する思いが伝わってくるようだった。


 「でもね、五月さん。このお店はなくなりませんよ。私は引退をするけれど、このお店は唯ちゃんが継いでくれることになったので。」


 店主が五月さんへ嬉しそうに話すのを聞いて私はとても驚いた。


 「おじいちゃん…」


 私はそれ以上言葉を発することはできなかった。なぜ私の決心を知っているのか、あまりに驚きすぎてなんと言っていいかわからなかったのだ。


 「あら、そうでしたの。私、てっきり…唯さん、これからよろしくお願いしますね。」


 先ほどの店主の言葉を聞いて、店がなくならないことに安心したのか五月さんは満面の笑顔を向けて私に声をかける。


 「それじゃあ、私はこれで。」


 五月さんはきれいなお辞儀をして店を出て行く。私は呆然と五月さんの背中を見送ることしかできなかった。そんな私に店主が声をかける。


 「唯ちゃん」


 その声に私ははっとする。


 「あ、えっと。」


 店主に声をかけられたが、なんと言っていいのか分からず言葉に詰まる。


 「どうして唯ちゃんが継いでくれるって言ったのかってことかな。」


 店主は笑いながら的確に私が疑問に思っていることを言い当てる。


 「はい。」


 店主に心を見透かされているような気がして、少し恥ずかしかったが、どうしても先ほどの言動について聞いてみたかった。

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