第4話
家に着くなり私はベッドに横たわる。私以外誰もいない部屋はとても静かで、私の起こす動作一つ一つの音がはっきりと聞こえる。
「つかれた。」
田中書店からの帰り道、私は何度も繰り返し先ほどの店主の言葉について考えた。田中書店の店主は私に店を継いでほしいと言った。私は本が大好きだからと。でも、ただそれだけのことなら私でなくてもいいだろう。なんで私なんだろう。
「店を継いでほしいだなんて、急すぎるしよくわかんないよ。」
静かすぎる部屋で私は一人つぶやく。突然の出来事に混乱をしていたが、一人になって考えているとだんだんと冷静になっていく自分もいた。もしも私が田中書店を継がなければ、田中書店はどうなるのか。店主は引退しようかと思っていると言っていたし、私が引き受けなければ田中書店がつぶれてしまうのかもしれない。でもそれだけは嫌だ。
私は小さい頃から田中書店に通っている。昔から私は何をするよりも本を読むことが大好きだった。そんな本が好きな私に、母がなんでも好きな絵本を買ってくれると言って初めて連れて行ってくれたのも田中書店だった。保育園にある絵本を全て読み終わったにもかかわらず何度も何度も繰り返し絵本を読む私のことを先生から聞いたらしい。母に連れられて行った田中書店には、母の背丈よりも高い本棚にぎっしりと本が詰まっていて、子供の私はその光景に圧倒されるばかりであった。
そんな私を絵本コーナーに連れて行き、母が、この中から何でも好きな本を買ってあげるから、好きなものを選びなさいと言ったのを覚えている。私は二つの絵本の内一つを選ぶことができず、結局三十分以上悩む私を見かねて、母は初めて本屋に来た記念だからと二冊絵本を買ってくれたのだ。保育園にある皆と共用の絵本ではなく、自分だけの絵本を手に入れた私はとても嬉しくて、家に帰ってから何度も繰り返し買ってもらった絵本を読み続けた。
それからというもの、母が外出するとなれば私も一緒について行き、毎回田中書店に行きたいとおねだりをしたものだ。母は絵本ばかり読む私に、外に出て友達と遊んできたらと言うこともあったが、結局母の声も聞こえないほど集中して絵本を読む私の姿に、声をかけることも次第に諦めたものだと後から聞いたことがある。
このように昔から本の虫であった私は、小学校に入ってからも変わらず色々な本を読んでいた。それなりに友達はいたけれど、休み時間に友達と校庭で遊ぶよりも図書室で借りてきた本を読んでいる方が楽しかった。本は私の知らない世界のことを色々教えてくれるし、本の世界に自分も入ってしまうことで、この日常生活から離脱するような感覚を味わうことができるのも楽しかった。
母の手伝いをすることで得ることのできた小銭やお年玉を必死に貯め、田中書店で欲しい本を長い時間をかけて選ぶということを小学生の頃から繰り返してきた。子供の時から田中書店は私にとって特別な店であり、それは今でも変わらない。やはりあの店がなくなってしまうのは、耐えがたい。あの店がなくなってしまうくらいなら、私がなんとかできないだろうかと考え始めた。
「私に、できるかな。」
店を継ぐと言っても何をすればいいのか全くわからない。正直に言って不安しかない。働くことから一度離脱してしまっている私が自分の店を持ち、経営をしていくことができるのか。不安なことばかりだが、やってみたいと思う気持ちもある。そう思うといてもたってもいられず、ベッドから起き上がりすぐに家を飛び出した。
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