第2話

 突然すぎる店主の申し出に一瞬店主の言葉の意味が理解できなかった。


 「へ?」


 間の抜けた声が出る。そんな私を相変わらずの優しい瞳で見つめながら店主は言葉を続ける。


 「私ももう年だからね。引退しようと思っていたんだけど、跡継ぎを見つけてからでないといけないと思ってね。この店がなくなるのは色々と困る人もいるから。唯ちゃんになら店を任せてもいいんじゃないかと思ったんだよ。」


 「え?」


 まだ事態が把握できず、私はただ呆然とするだけだった。


 「・・・お店をやめるってこと?」


 かろうじて私の口から出た言葉はそれだけだった。


 「やめたくないから、唯ちゃんに継いでほしいんだよ。」


 つまり、店をつぶさないために私に後を継げと・・・。確かに田中のおじいちゃんは結婚をしていないから、田中書店の跡継ぎはいない。だからお店を続けるためには誰かが新しくお店に入らなきゃいけないって言うのもわかる。でもそれがなぜよりによって私なのか。


 「そんなこと、急に言われても。無理だよ。」


 店主が力強く有無を言わさぬ瞳でこちらを見つめているため、その瞳から逃れるように店主に背を向け小さくつぶやいた。

 

 「唯ちゃん、確かに急な話だとは思う。でも私は唯ちゃんにしかできないことだとも思っているんだよ。」


 店主は私を諭すように優しく語りかけた。


 「さっき唯ちゃんは本が好きだと言っていたね。それにこのお店のことも好きだと。」


 「それは、そうだけど。」


 「私は小さい頃から君を知っている。小さいときもそうだったけれど、今もとっても優しくて素直だと思う。色々なお客さんを見てきたけれど、君ほどに本を好きな子は最近ではもうあまり見ない。そんな唯ちゃんだからお願いをしたいと思ったんだよ。」


 店主が真剣に話す声を聞いていると、ただ逃げるように店主に背を向けていることが恥ずかしくなった。私もきちんと向き合わなければと思い、再度店主と向き合った。


 「おじいちゃんが私のこと評価してくれてるのはよくわかった。でも、急に店を継いでほしいって言われても、私も困るよ。」


 店主と向かい合ってはいるものの、目を合わせることはできず、店主の足下を見つめながらぽつぽつと話す。


 「だから、ちょっと考えさせてほしいの。」


 考えたからと言って店を継ぐ気になるかと言われるとそれはわからない。でも、せっかく私のことを評価してくれる人がいて、その人が私に店を継いでほしいと言うなら、考えるだけの価値があるのではないかと思ったのだ。


 「そうかい。わかった。ありがとうね。」


 店主はそれ以上何も言わずに、いつもの通り目を閉じた。店主のその様子を見た私もそれ以上店主に言葉をかけることはなく、書店の本棚と向き合った。本棚を見つめながら気になる本を手に取る。そしていつものごとく本の一ページ目を開き、二、三行読んでみる。普段ならここで本との相性がわかる。たとえば、少し読んでみただけでもこの本は読みにくそうだとか、この話は今日読むべきものではないなとかである。それとは反対に、これは面白そうだとか、この本が今日の私にぴったりだとか、そういうはっきりとした言葉では言い表すことのできない相性とも言える感覚を感じることができる。


 しかし今日は、全くその相性を感じない。というよりも、先ほどの出来事が衝撃的すぎて話が頭に入ってこない。同じ行を何度も読み返し、本の内容を頭に入れようとするが全くだめだ。今日は本を探すことをあきらめることにし、店を出ることにした。


 「おじいちゃん、また来るね。」

 

 来たときと同様、小さな声で挨拶をし、店をあとにする。来たときには珍しく返事をしてくれた店主も、もう目を開けることもなく静かに私が去って行くのを待つばかりだった。


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