1-3

 わたしはミリアの言っていることがわからなかった。

 彼女の言葉が生み出すもやにわたしの思考は浸食されていって、話の核にいたるまでの理解が追い付かない。けれど、この時わたしに一つだけ理解できたことがあって、それはこの見た目だけなら年下に見える同い年の少女が、検閲に制限のかかった大昔の映画をなぜだか観ることができたということ。

 

 ミリアは、いったいどういう経緯でそれを視聴することになったのだろう?


 わたしの疑問をよそに、ミリアのソプラノ声は続く。


「その映画の内容はね、斬新的なラブストーリー」

「ラブストーリー……ミリア、そんなの観るんだ」


 意外だね。わたしが言うと、結構好きなんだ、とミリアは目を柔らかくして、


「でもね、そのラブストーリーは、いまこのセカイで放映されているものとは大きな違いがあるんだ」

「違いって、どんな?」


 そう言って首を傾げると、突然、ミリアの白磁のような手がわたしの頬に伸びてきて、冷ややかな指先の感触が耳の下から顎にかけてのラインをなぞっていった。


「ちょ、ちょっと、ミリアっ」


 思わず顔を赤らめて視線を右往左往させるわたしに構うことなく、ミリアは自分の指先にだけ集中しているように見えた。そして彼女の指先はわたしの肌を強引に愛撫してまわり、最終的に微かに震えて吐息の滲んだ唇へと落ち着いた。

 冷たい。

 ミリアの指先はとても冷たかった。わたしの感想はそれだけだった。だって、脳の方は、この奇妙に艶っぽい雰囲気にすっかり茹で上がってしまっていたから。


「この後、あなたの唇にそっと口づけして、そして手を繋いで仲良く家に帰るのが、今時の流行りのラブストーリー」


 でもね。ミリアは婀娜あだっぽく笑う。


「わたしが観た映画はちょっと変わっててね、ヒロインが恋に落ちる相手が、、なんだよ。そして向かう先は互いの家じゃなくて、近くのベッド」

「おとこ?」


 わたしはオウム返しにミリアの言った言葉を繰り返す。

 まだ十三歳の、子供だったわたしには、ミリアが言ったその言葉の意味がわからなかった。


「おとこって、なに?」


 クスクス。ミリアは笑っていた。その質問を待ってましたって感じで、


「おとこっていうのはね、つまり、わたしたち女と対をなすもう一種類の人間のこと。……知ってた? いまより遥か昔にはね、おとこ、って存在が普通に存在して、この月世界でわたしたち女と共存していたんだよ」

「なにそれ、いまはいないの?」

「うん。いない。この月世界の環境に、彼らの肉体が適応できなかったから、気が付けば滅んじゃったらしいんだ」


 ミリアは本当にいろんなことを知っている。おとこ……女とは違う種類の人間。それってどんなものだろう? わたしは疑問に思った。

 あまり過去のことを振り返ろうとしないこのセカイ。

 そんなセカイの空気感の中で、喜々として大昔の資料を漁ってくる子供はミリアくらい。月世界政府の許では、歴史なんて忘れ去って、次々に輝かしい未来の話を考えようってのが主な方針だから、いまはいない絶滅種であるおとこの話なんて普通に生きてきた中学生が知るはずもなかった。


「その、おとこ、ってのはどんな見た目をしているの?」

 だから、かつてのわたしが、こんな間抜けな質問をしたのも仕方がない。笑っちゃうけど、この反応が月世界人のスタンダート。

「おとこってのはね、女よりも大きな体をしていて、それでもって声が女よりもずうっと低いの。それで、女みたいに全身柔らかくなくて、顔の一部から毛が生えてて、力が強い。それでね、これが最も重要なことなんだけど……」


 ミリアは表面上は淡々と語りながら、ふと話を区切って席を立ちあがった。そして、彼女はわたしの背後に回り込むといきなり背中から抱きしめてきて、制服越しにわたしの心臓の近く──胸の部分をまさぐってきた。


「……あっ」


 わたしはすっかり動揺しながら微かな抵抗として身をよじらせた。


「おとこにはね、おっぱいがないの」

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