丘の家(4)

 国土交通省の若き官僚、根本ねもと善悟ぜんごが俺のアパートのドアベルを鳴らしてから、きっかり一時間後、俺たちはダークグレイの日産エクストレイルに乗り込んだ。

 国道をしばらく走り、高速道路へ。

 前方から次々に現れ後方へ流れていく電光掲示板やら標識やらを助手席からボンヤリながめていると、運転席の根本が「五時間くらい……ですかね」とつぶやいた。

「五時間? 東京ここから現場までの移動時間か?」

「ええ……高速に乗って三時間、一般道に下りてさらに二時間といった所でしょう。」

「ずいぶん掛かるんだな。その町……何と言ったか……」

読木町よみきまち

「どんな所なんだ?」

「僕も行ったことはありませんが……資料から想像するに、日本中どこにでもある小さな田舎町、って所じゃないですか。小さくて、平和な」

「平和ねぇ……」

「まあ、我々の仕事場は、どこも表面上は平和ですけどね……〈魔獣〉に何十人喰い殺されようと、何百人喰い殺されようと、誰も気にしない」

「そりゃ、そうだ」

 この世界と別世界との狭間はざまで人間が死ぬと、その瞬間に『そんな人間は最初から生まれてなかった』という形に歴史が改変される。そいつらはになってしまうのだから、誰も気にしない。みんな、変わらない平和な日常が続いていると思い込む。

「それはそうと……」根元が話題を変えた。「ガンさん、弾丸たまは何発持って来ました?」

「ああ? 何だよ、急に。そんな事を知ってどうする?」

「これから二人で〈魔獣〉を倒しに行くんだ。協力する仲間の戦力を知っておきたいと思うのは当然でしょう」

「今まで、俺の持ちだまの数なんて気にした事なかったじゃねぇか」

「同じ部署の先輩にアドバイスもらいました。『チームを組む〈ゲート・クローザー〉の戦力は把握しておけ』って……まあ、僕も日々成長してるつもりです。いつまでも新米だの若手だのって訳にもいかないでしょう」

「ふうん……霞が関のエリートさんも大変だな」

「霞が関とかエリートとか、関係ありません……死にたくないから頑張ってるだけです」

回転弾倉シリンダーに六発、予備のスピード・ローダーが1個だ」

「十二発? たったそれだけ?」

「ああ」

「そんな……〈魔獣〉相手に……全弾撃ち損じたら、どうするんですか?」

「幸い、今まで弾切れになったことは無いよ。その前に仕留めるか……最悪の状況でも〈魔獣〉から逃れてに帰って来てる……こうしてお前と喋っているのが何よりの証拠だ。どうであれ俺は生き残って今ここにいる」

 俺は、ジャケットの左ポケットに入っているスピード・ローダーを外側から軽く叩いた。

 円筒形シリンダーそのままの形で弾を保持するスピード・ローダーは、ポケットに入れるとポコッと膨らんで格好悪いのが難点だ。

「それに、俺らの使う弾薬はほむら一族のハンドメイド・スペシャルだ。金が掛かる。少ない弾数たまかずで〈魔獣〉を倒せるのなら、それに越したことはない」

「そりゃあ……そうですけど」根本がしぶしぶといった感じで同意した。

 純銀製の弾丸を体内に撃ち込む……いくつかある〈魔獣〉退治方法の一つだ。どういう仕組みかは知らないが、〈魔獣〉の体にとって、混じりっ気の無い銀は猛毒として作用するらしい。

 しかし、ただ純粋な銀の弾丸であれば良いという訳でもないらしく、その製造法を知っているのは日本ではほむら一族だけだった。

「あいつらは……ほむら一族はだよ」俺はめ息をいた。「〈魔獣〉に有効な弾丸は自分らにしか作れないからって、俺ら〈ゲート・クローザー〉の足元を見やがって……やたら吹っかけてくる」

「ガンさんは、今でも38スペシャルを使っているんですか?」

「ああ」

「今どき、コルト・ディテクティヴなんて……〈魔獣〉相手に威力不足でしょう。何でオートマティックにしないんですか?」

「コルト・エージェントだ……まあ、似たようなものだが……俺にとって、火薬の物理的な威力は重要じゃない。俺にはが有るからな……だったら、銃は小型で軽い方が良いし、反動も小さい方が撃ちやすい。オートマティックにしないのは、撃発の瞬間にしづらいからだ。自分でも何故なぜかは分からんが、ひょっとしたらオートの方が動作の仕組みが複雑だからかも知れん」

「ふーん……そんな物ですかねぇ……」

「そういうお前は、どうなんだ? 何発持って来た?」

「相変わらずグロック使ってます。とくに不満も無いし……十七発入り9ミリマガジンを本体内と予備あわせて十本持って来ました」

銀弾ぎんだまを百七十発だと? 正気か? いくら自動車クルマに積み込んだって、身につけて持ち歩く量には限界ってもんが有るだろう」

「ショルダー・ホルスターに予備弾倉が二本、銃本体と合わせて三本を常時持ち歩いてます。あとの七本はトランクの中に……まあ、お守りみたいなもんです。安心するっていうか……」

「純銀製の9ミリ・パラベラム百七十発……いくら掛かったのか聞くのも恐ろしいよ」

「もちろん全部、省のから出てます。必要経費ってやつです」

「要するに、俺ら善良な市民が納めた税金か?」

「まあ、そうとも言います」

「まったく、この国は、別世界からの〈魔獣〉に侵略される前に、お前ら官僚に滅ぼされるよ」

「失礼ですね。僕ら公務員はおおむね仕事に対しては真面目ですよ。特に若手はね。サボりだすのは四十を過ぎてからです」

「もう良いよ。聞けば聞くほど滅入ってくる……話題を変えようぜ……〈黒猫使い〉は元気か?」

「急にどうしたんですか? 気になるんですか?」

「そりゃ、そうさ……あいつはエースだからな。あんなに能力ちからの強い〈ゲート・クローザー〉は見たことがない……そのくせ『この仕事が嫌いだ』とか『〈ゲート・クローザー〉になんか成りたく無い』とか、いまだに甘ったれたこと言ってウジウジしてるんだろ? 良きにつけ悪しきにつけ、同業者として気になるのは仕方がない」

重歪しげかみくん、まだ十七歳ですからね。いろいろ悩んで当然ですよ。今頃は東北のどこかを自転車で走ってるんじゃないんですか」

「また自転車ツーリングかよ……あいつも飽きねぇな。一人で自転車に乗って全国まわってキャンプして……」

「一年の三分の二はテント暮らしなんじゃないですかね」

彼女ガールフレンドは、どうした? 重歪しげかみの野郎、ちゃんと一週間に一度は彼女に会ってチューの一つもしてるんだろうな?」

「してる訳ないじゃないですか……自分のアパートにさえほとんど帰っていないのに……冬場は自転車に乗れないせいか、たまには『御屋敷』へ行っていたみたいですけどね。暖かくなったら自転車にキャンプ用品積んで飛び出して、それっきりらしいですよ」

「〈ゲート・クローザー〉としては最強でも、男として最低だな。彼女が可哀想かわいそうだよ……お前ら、国家権力使って何とかしてやれよ」

「国家権力にだって出来ることと出来ないことがあります。男女の色恋沙汰はどうにも成りません」

「どうにもならないって言ったって、どうにかせにゃならんだろ? その『男女の色恋沙汰』とやらが、国の存亡に関わるかも知れんのだぞ」

「上の人たちは当面、成り行きを見守るつもりらしいです……まあ、二人ともまだ十七歳ですから……下手に刺激して変な方向に転がっても困るし……とりあえず重歪しげかみくんの居場所は把握しています。直接尾行すると能力ちからを使ってアッという間に逃げられちゃいますから、全国の監視カメラをリアルタイムでデータ検索して追跡してるみたいです」

「まったく大人をイライラさせる餓鬼ガキだな」

「まあ、〈黒猫使い〉だけじゃありませんけどね……〈ゲート・クローザー〉って、僕の目からは多かれ少なかれ性格に問題のある人ばかりに見えますけど」

「根本、お前、ケンカ売ってんのか?」

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黒猫使いの少年と並行世界の魔獣ども 青葉台旭 @aobadai_akira

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