第2話 相手と真剣に向き合いましょう

  

 ~初めまして!ユウカ、って言います。こういう形での出会いは経験がないのですが、思い切って、登録してみました!これをきっかけに、素敵な出会いが、見つかるといいな、って思います!

 よろしくお願いします!~


 優香はその晩、出会い系サイトのプロフィールに、そう登録した。そして優香は自分のプロフィールについて、

『まあ、可もなく不可もなく、みたいなプロフィールだけど…。

 とりあえずいっか。』

と、やや自虐気味に考えた。(しかし、その文面を改良するほどのモチベーションは、優香にはなかった。)

 そして、1通のメッセージが来る。そのメッセージは、


 ~初めまして、ユウカさん。僕は、カズと言います。

 よろしければ、僕とメッセージの交換をして頂けないでしょうか?~


 という、「カズ」と名乗る男性からのシンプルなメッセージであった。

 『カズ、さんか…。何か、文面がありきたり過ぎる気もするけど…。

 でも他にメッセージを返す人もいないし、とりあえず、返信してみよっかな!』

優香は、そう思った。そして、


 ~カズさん初めまして!メッセージ、ありがとうございます!

 これからいろいろメッセージのやりとりをして、少しずつ仲良くなっていければと思います!

 質問ですが、カズさんの趣味は、何ですか?~


 と、(こちらもありきたりな質問の)メッセージを送った。すると、


 ~ユウカさん、返信ありがとうございます!

 僕の趣味は、音楽鑑賞です。特に、僕はクラシック、それもショパンが好きです。

 ユウカさんの趣味は、何ですか?~


 と、これまたシンプルなメッセージが、返ってきた。

 『このカズさんって、ガツガツした感じは全然しないな…。

 何か、まだよく分かんないけど、好印象かも!』

 しかし、そのシンプルなメッセージが、優香の警戒心を、うまく解いたようだ。


 ~カズさんこんばんは!ユウカです。

 私は、クラシックはそんなに詳しくないのですが、ショパンは少しだけなら知ってます!

 何か、きれいな曲が多いイメージがあります…。

 私の趣味は、カフェ巡り、ですかね。あと、おいしいものを食べるのも、大好きです!

 カズさんは、食べ歩きなんかは好きですか?

 今日はもう遅いので寝ます。また、返信頂けると嬉しいです。

 おやすみなさい。~


 『ちょっと、メッセージが長かったかな…。

 まあ、いっか。』

 優香はそう心の中で考え、その日は眠りについた。(この辺り、優香は物事をあまり深く考えないタイプかもしれない。)


 ~おはようございます、ユウカさん。

 そうですか。ショパンは確かに、きれいな曲が多いです。本当にいい曲が多いので、またネットなどで聴いてみてください。

 僕も、食べ歩きは好きです。(カフェはそんなに詳しくはないですが…。)ちなみに僕はパスタが好きで、イタリアンのレストランに行くとそればかり頼んでしまいます。

 また、メッセージ頂けたら嬉しいです。~


 『カズさんって、もちろん会ったことないから分かんないけど、何か、優しそうな人だな。』

 優香は、まだ会ったことのないカズに対して、好印象を持ちつつあった。


 「そうなんだ優香ちゃん!良かったじゃん!

 これで、過去の男も忘れられて、新たな出発ができるね!」

「いやいや先輩、まだ気が早いですよ~!」

次の日。その日は土曜日で、優香の勤める施設は、カレンダー通りの休みだ。また、その日は10月の終わりで、暑かった夏・残暑もようやく落ち着いたかと思うと、次は一気に寒さがやって来て、カーディガンを羽織るだけではその寒さへの対応ができない、そんなシーズンであった。

 そしてその日、優香は職場の先輩の美鈴と、(前日、懇親会をしたにも関わらず)2人で近くのカフェに来ていた。

 「でもそのカズさん、いい人そうじゃない。」

「まあ、文面では、そんなにガツガツしてなくて、その通りですけど…。」

「なら話は早い!優香ちゃん、積極的に行かなきゃダメだよ!」

「そ、そうですかね…。」

 その日、先輩の美鈴は苦めのエスプレッソを頼んだが、優香はいつもの好みとは少し違う、カフェオレを頼んでいた。そして、

 「先輩、私いつもはコーヒーは苦い方が好きなんですが、たまにはミルクたっぷりの、カフェオレなんかもいいですよね!」

と言い、

 「そっか~。

 やっぱり人は恋をすると、好きな飲み物の味も甘~くなるのかなあ~!」

と美鈴に言われ、

 「いや、それは関係ないですし、そもそも私、まだ恋はしていません。」

と、優香は冷静にその言葉を返す、というやりとりをした。(この辺り、2人の仲の良さが、よく出ているかもしれない。)

 「じゃあ、私この後用があるから、この辺でお開きにしよっか。」

 「先輩、用って、デートですか?」

「いやいや違う違う!私、今彼氏はいるけど、今日は逢わないよ。

 ちょっと、他の友達と約束があるだけだよ!」

「なあんだ…。

 でも、やっぱり恋愛っていいですよね!私も、早く彼氏が欲しいです!」

「じゃあ優香ちゃんは頑張るのみ!私、応援するからね!」

「…とりあえずありがとうございます。

 じゃあまた仕事、頑張りましょうね!」

「そうだね!また何か進展があったら、教えてね!」

「分かりました。」

こう言ってその日、2人の会は終了となった。


 ~こんにちは、ユウカさん。

 ところで、来週の日曜、空いてますか?

 できれば、お逢いしたいのですが…。~


 カズと名乗る男性から優香のもとへそんなメッセージが来たのは、2人がメッセージのやりとりをし始めてから、1週間後のことである。


 ~こんにちは!お誘いありがとうございます、カズさん。

 是非、私もお逢いしたいです!~

 

 ~ありがとうございます、ユウカさん。では、○○駅の時計台で待ち合わせ、ということでいかがでしょうか?~


 ~分かりました!お逢いできるのを、楽しみにしています!~


 『カズさんって、どんな人なんだろう…。』

優香は、まだ逢ったことのないカズのことが、少しだけ気になっていた。


「そっか、良かったね優香ちゃん!いよいよ、初デートだね!」

「いやいや、デートだなんてそんな…。」

次の出勤日、優香は美鈴にメールでのやりとりを報告した。ちなみにその時、その部屋(事務所)には優香と美鈴以外、誰もいなかった。この辺り、優香は抜け目なく計算をしている。

 「でも私、何か自信ないんです…。私、恋愛経験もそんなになくて、あ、もちろん、元彼の大樹とはあちこち行ったんですが、他に男性を知らないっていうか、何ていうか…。」

「おっ、優香ちゃん!ってことは、その人を気になり始めてるってことかな?」

「い、いえ、まだそこまでは…。

 ただ、完全に嫌われたら、自信なくなるじゃないですか。」

「まあ、それもそうだね。

 じゃあ私、美鈴先生が、またまた恋のアドバイス、しちゃいます!」

「先輩、お願いします!」

「でもそれ、退勤後でもいい?」

「あ、もちろんです。さすがに今はまずいですよね…。」

 こうして2人は退勤後、近くの定食屋に行き、美鈴のアドバイスが始まった。


 ―確認だけど、優香ちゃんとその人は、まだ付き合ってはいないんだよね?―

―「もちろんです先輩。」―

―じゃあ2人は、「付き合う前のデート」をするわけだね。

 これは私の意見だけど、この「付き合う前のデート」っていうのは、お互いがお互いの事を知るためのデートだと思うんだ。それでこれは、付き合っていないからこそ、今後の2人の関係を期待してときめくものだと思うのね。

 もちろん、付き合っている2人が行くデートも最高に楽しいけど、そうなる前の2人が行くデートも、緊張感もあって楽しいと思うよ!それで、相手が初対面の人だったらなおさらね。―

 ―「そうですよね先輩!やっぱり、楽しまなきゃですよね!」―

 ―そうそう!そう来なくっちゃ!

 それで、私から優香ちゃんに何点かアドバイス!

 まず始めにだけど、デートプランは、今回は男性に任せた方がいいと思うよ。

 もちろん、2人が付き合うような関係になったら、優香ちゃんの行きたい所もあるだろうし、優香ちゃんが意見を出してもいいと思う。でも今回は、男性の方に全て任せてみて。そうすると、男性の方も、「頼られてる。」って思って、いい感じになると思うんだ。―

 ―「なるほど。とりあえず、私もおっちょこちょいですし、男性を頼りにしないとですね!―

 ―優香ちゃんがおっちょこちょいだとは言ってないけど…。

 あと、次にだけど、デート前日は早めに寝た方がいいよ!

 というのは、これは肝に銘じて欲しいんだけど、付き合う前のデートは1回1回が勝負!だから、夜更かししてお肌のコンディションが悪い、なんてことになったら最悪だよ?あと、夜更かししてスッキリしない頭だと、せっかくの男性からのさりげないアプローチにも、気づけないかもしれないからね。―

 ―「はい、分かりました先輩。私、よく夜にテレビを見たり、ネットをしたりする癖があるので気をつけます…。」―

 ―よろしい!

 あと、付き合う前のデートって、楽しいけどかなり疲れるから、休養、って意味も込めてね。

 それで、最後にもう1つ!

 デート中は、楽しそうにする。あと、デート終わりには、次につなげる言葉を言う。これも忘れないでね!

 この2点は、とにかく男性の方に、「俺とデートしてて、この人は楽しいんだな。」と思わせるためのもの。そう思われないと、男性の方も自信が持てないからね。それで、デートの終わりなんかに、

「今日は楽しかったです!また、逢いたいです!」

 みたいな台詞を入れると、完璧かな。―

 ―「なるほど…。とにかくデートを楽しむ、ってことですね。

 やっぱり、先輩はすごいです!ありがとうございます!」―


 「じゃあ優香ちゃん、お礼にここ、おごってくれる?」

「それぐらいのこと、しますよ先輩!」

「ウソウソ、冗談だからね!私の方が先輩なんだし、じゃあ、間をとって割り勘でどう?」

「あ、分かりました…。」

美鈴のアドバイスの後、2人はこう言い合い、笑った。そして、その日はお開きとなった。

 また、後日…。

 優香の初デートの日が、やって来た。


「はじめまして。カズです。あ、本名は、高井一樹(たかいかずき)って、言います。」

「はじめまして。ユウカです。私の本名は、田島優香って言います。」

その日は、10月の終わりにしては少し暑く、長袖シャツ1枚で過ごせるような、そんな気候であった。また、周りを見回してみれば、少し早い紅葉で、ほんの少しだけ赤や黄色に色づいた街路樹も見える。

 そんな中、優香の目の前に現れた男性は、背が高く細身の体型で、また黒縁の、大ぶりの眼鏡をかけている…この男性は、優香の元彼、大樹とは雰囲気が全く違うが、異性として「素敵である」と言える、そういった魅力のある男性だ、優香はそう感じた。

 「では、行きましょうか。」

「あ、えっと…どこへ?」

「あ、すみません。これから、僕の行きつけの、イタリアンのレストランに行きたいって思ってます。

 確か優香さん、食べ歩きが好きって前にメッセージで言ってました、よね?」

「あ、はい、カズさん…。」

「あ、一樹でいいですよ。」

「あ、すみません、一樹さん…。」

「い、いや別に謝らなくても。」

「そ、そうですね…。」

2人の会話はやはり初対面なので、いやその「初対面」という以上に、ぎこちないものであった。

 「では優香さん、レストランに行きましょう!」

一樹は、そんなぎこちなさを吹き飛ばすかのように、また気合を入れるように、少し大きめの声でそう優香に呼びかけた。

 「わ、分かりました。」

優香は、そんな一樹の態度(の変化)に少し驚いたが、次の瞬間に、少しおかしくなった。

 「あの…一樹さん、初対面でこんなことを言うのも変ですが…。

 少し、緊張されてます?何か、声が上ずっている感じが…。」

「え、あ、すみません。僕、サイトというか、そういった形で女性の方と出会うの、初めてなので…。」

その一言は、優香の中にもあった少しの緊張感を、ほんの少し解いた。

 「あ、私もこういった形で男性の方と出会うの、初めてなんです。

 ご心配なさらなくても、私も、おんなじです。」

「あ、そうですか…少し安心しました!」

そう言って2人は、笑った。それは、2人が一緒にいる時に初めて見せた、笑顔であった。

 『一樹さん、笑顔がかわいらしいな。』

そう思った優香は、レストランへと一樹と共に歩きながら、さらに話を続けた。

「一樹さん、確か30歳でしたっけ?私は今25歳なので、一樹さんの方が年上になりますね!」

「そうですね…。すみません、女性の方に年齢を言わせるなんて。」

「いやいや全然気にしてないですよ!それに、まだ私、若いですから!」

「そうですか…。僕はもう30歳なので、若くはない、ですね…。」

「でも最近の30歳は、昔と違って若くありません?」

「あ、フォローありがとうございます!」

「いやいやフォローじゃないですよ~!」

2人はこう言い合い、また笑った。

『私、一樹さんとはメッセージのやりとりを少ししただけで初対面だけど、気が合うかもしれないな!』

その会話は、2人の緊張を解き、また優香にそう思わせるには、十分であった。


 「さ、着きました。」

「あ、ここですか!

 名前は聞いたことはあったのですが、入ったことはなくて…1度、来たいって思ってたんです!ありがとうございます!」

「いやいや、礼には及びません。」

「あ、今の台詞、少しカッコつけました?」

「少しだけですが…はい。」

「一樹さんって、面白いですね!」

すっかり打ち解けた様子の優香は、一樹にそう言った。

 「では、中に入りましょうか。」

「はい!」

そう2人が言って、レストランの中に入ると…。

 その店内の照明は適度に落とされていたが、いわゆる「恋人同士が行くレストラン」といった雰囲気ではなく、比較的カジュアルな感じで、友達同士でも気軽に入れそうな雰囲気であった。(店内は基本的にオレンジ色の豆電球のほのかな明かりで照らされており、その色と明るさが、そういった雰囲気を作り出している、といえる。)そして、当然のことながらまだ初対面で付き合ってはいない一樹と優香であったが、優香はそのレストランに入った瞬間、自分でもなぜだかは分からないが、

 『この人となら、こういった空間で2人で一緒に過ごすことも苦にならない。』

といった気持ちが芽生え、自分でもそんな感情に驚いていた。


 そして、料理が運ばれてくる。そのレストランで優香はナポリタンを、そして一樹は少し辛めのアラビアータを注文していた。

 「アラビアータですか…それ、辛くありません?」

「あ、僕は、割と辛いものは大丈夫、というかそちらの方が好きなので…。」

「なるほど。私、辛すぎる食べ物はダメなので…。

 何か、尊敬しちゃいます!」

「いやいや尊敬だなんてそんな…。」

「あ、今のもちろん、冗談ですよ!」

「あ、すみません、真に受けちゃいました…。」

「やっぱりですか。」

「はい。」

そう言って2人は、笑った。思えば、優香は一樹と初対面で逢って話をして、笑うことが多くなっている、優香はふとそんなことを考えた。それは、大樹と別れてから笑顔が確実に減ってしまった優香にとっては大きな変化で、優香は自分でもその変化に驚いていた。

 しかし、優香たちがパスタを食べ終わろうとした次の瞬間、

「でも私、こんなにおいしいパスタを食べたのは初めてかも…あっ!」

優香がフォークを置き、グラスの水をとろうとしたが手がもつれたらしく、優香のグラスは手をすりぬけ、水が辺り一面にこぼれた。

「大丈夫ですか、お客様?」

優香はそうウェイトレスに訊かれたが、パニックになってしまって声が出ない。

 「優香さん、落ち着いてください。」

その一樹の一言で、優香は正気を取り戻した。

 

 結局水は駆けつけたウェイトレスがふき取り、また水はテーブルの上にこぼれただけだったので、優香たちの服は汚れずにすんだ。

「すみません、私、おっちょこちょいな所があって…。」

「いや大丈夫ですよ。気になさらないでください。

 幸い、優香さんに怪我はなく、優香さんの服も汚れなかったことですし…。

 もちろん、僕の服もね。」

「ありがとうございます!」

優香は、その場の一樹の気遣いに、感謝した。それは、優香の心を掴むには、十分であったかもしれない。

 

 「あとは…デザートですね。

 僕はやっぱり、ティラミスですかね。」

「あ、私もティラミス好きです!

 何か、奇遇ですね~!」

「そうですね。じゃあ同じもの、頼みましょうか。」

そう言い合って2人は、同じデザートを頼んだ。

 

 そしてデザートが運ばれてきて、2人がそれを食べている途中で、一樹が口を開いた。

 「すみません優香さん。少し、話しておきたいことがありまして…。」

「はい、何でしょう?」

「本当はこんな時に言うことではないのかもしれませんが、どうしても聞いて欲しくて。

 …僕が、昔付き合っていた人の話です。」

「は、はあ…。」

優香は口ではそう返事をしたが、心の中では、

『はあ~!?』

驚きと少しの怒りとが入り混じった、声にならない返事をしていた。


 「実は僕には学生時代、お付き合いをしていた女性がいました。その女性は、僕なんかよりも10倍くらいしっかりした女性で、行動もテキパキしていました。そう、僕なんかがリードしなくても大丈夫な、女性でしたね。

 それで、そんな彼女とも、僕はこの店に何度も来ました。そして、僕は主にアラビアータを、そして彼女は主にペペロンチーノを、頼んでいました。

 まあ彼女の方も、辛いのは平気だった、ってことですかね。」

一樹の語りを、優香は戸惑いながら聞いていた。そして、

 「あの…それは、その元カノさんが、忘れられない、ってことですか?」

そう優香は、一樹に質問した。

 「いえ、決してそういうわけではありませんが…。

 彼女と付き合った日々は、僕にとっていい想い出です。」

「…そうですか…。」

としか、その時の優香には言えない。

 「すみません、こんな話をしてしまって。時間も遅くなってきましたし、そろそろ帰りましょうか。」

「はい。

 それで、次回の予定なんですが…。」

「そうですね。来週の日曜日は、空いてますか?

 待ち合わせ場所は、今日と同じ場所で。」

「…大丈夫です。

 ではまた日曜日に。」

そう言って、2人は店を出た。


 『一樹さん、いい人だけど、あんな話をいきなりするなんて、やっぱりおかしいな。

 まあ、私にも忘れられない元彼がいるから、人のことは言えないけど…。

 でもそれを話すのと、話さないのとでは違う。仮にもこれから付き合うかもしれない人に対して、あれはない。

 でも…。』

優香は家に帰った後、お風呂に入りながらそんなことを考えていた。

 そして、優香は一樹に対して少し怒りを覚えながらも、同時に一樹に惹かれていく、自分自身の心も感じていた。


 「うーん、なるほどね…。」

 次の出勤日、優香は先輩の美鈴に、一樹の「昔の彼女」の件について、相談していた。

(また、ちょうど優香が美鈴に相談する前、美鈴から散々、

「この前は、どうだった?」

という冷やかし半分の質問を受けたが、優香はそれに冷静に答えていた。

 さらに、

 「先輩、私水こぼしちゃって…。」

というくだりでは、

 「優香ちゃん、ちょっと空回りする所があるもんね…!」

と美鈴にその件が大ウケした。)

 「そうなんですよ先輩。ちょっと、おかしくないですか?」

そういう優香に対して、また美鈴からのアドバイスが始まった。


 ―優香ちゃん、私昔ね、雑誌で読んだことがあるんだけど、彼氏かこれから付き合うかもしれない人が元カノの話をする理由は、おおまかに言って3つあるんだって。

 まず第3位から発表ね。第3位は、『今カノに嫉妬して欲しいから。』

 …男の人っていうのは、ちょっと厄介だね。嫉妬して欲しいから、昔の彼女のことを今の彼女に話すなんて…。でも、それが本当の男性心理かもしれないね。

 …ただ、これは今回の優香ちゃんの場合には、当てはまらないか。だって、2人はほぼ初対面で、まだ付き合ってもないわけだし…ね。

 それで第2位だけど、『今カノに自分の恋愛遍歴を知ってもらって、より自分を理解して欲しいから。』

 …これも、女性の立場からしたら、「はあ!?」ってなるような理由だよね。自分のことを理解して欲しい気持ちは分からなくもないけど、わざわざ昔付き合ってた人を出してきて、語る必要はないと私は思う。でも、男の人は、そんな自分をひっくるめて理解して欲しい、そんな気持ちがあるのかもね…。

 それで、第1位なんだけど、なんだかんだ言って、『特に理由はない。』

 …これこそ本当に、「はあ!?」ってなるような理由だよね?今の彼女は、元カノの話を聞いて傷つくかもしれないのに、そんな話の理由は、「特にない。」なんて…。

 で、私は思うんだけど、その相手の男性は、この第1位に当てはまるんじゃないかな。だって、一応私が雑誌で読んだのはあくまで今カノ、つまり付き合っている人に元カノの話をする理由であって、今回の優香ちゃんの場合には完全に当てはまるわけじゃないから…。

 だから、その男の人は、話のはずみというか何というかで、たまたま昔の話をしたんだと思うよ。だから、そんなこと、気にしない気にしない!―

 ―「なるほど、そうなんですね…。」―

 ―あと、確認だけど、優香ちゃんはその人のこと、好きにならないまでも気になってはいるんだよね?―

 ―「はい。感じのいい人だな、とは思います…。」―

 ―だったら、「元カノの話をされるのは嫌だからしないで。」とはっきり伝えるべきじゃないかな。相手の男性のその発言にはたいてい悪気はないものらしいけど、はっきり伝えないと伝わらないからね。だから、もし今度も同じように話をしてきたら、はっきり「嫌。」と伝えよっか!―

 ―「確かに、我慢するのも何か違う気がしますし…。」―

 ―そう、それが正解!

 あ、あと言い忘れね。これも雑誌で読んだんだけど、まだ付き合っていないのに、元カノの話をする場合は、「脈アリ」の可能性もあるんだって!

 …っていうのは、「自分はモテないこともない。そして、あなたに男性として見て欲しい。」って心理が働いて、そんな話をしてくる可能性も、あるらしいよ!

 まあ実際に相手の話を直接聞いたわけじゃないから何とも言えないけど、そんな可能性もアリだから、気を落とさないでね!―

 ―「うーん彼はそんなつもりで言ったようには見えませんでしたが…。でも、私もまだ少し逢っただけで、彼のことはほぼ何も知らないですし…。

 でも、先輩に話を聞いてもらって、スッキリしました!やっぱり、持つべきものは先輩ですね!

 ありがとうございます!」―


 そこには、先輩のアドバイスで、またも救われた優香がいた。


「あっ、優香さんですね。こんばんは。」

「こんばんは、一樹さん。」

優香は次の日曜日、一樹と2回目の待ち合わせをしていた。

 「優香さん、実はこの近くに、おいしいフレンチのレストランがあるんです。

 今日はそこに、優香さんと一緒に行きたくて…。」

「あっ、そうですか一樹さん。では、行きましょう!」

 その日はあいにくの曇り空で、空の星は見ることができなかった。ただ、優香の気持ちはそれと反比例するかのように晴れ渡った気分で、一樹と一緒にいる状況を、楽しんでいた。

 『私、自分でも気づかない間に、一樹さんのことを気になりだしている…のかな?』

これが、その時の優香の本心であった。


 「わあ、ここのコース料理、前菜からおいしそうですね!

 私、こういう店にはあまり来ないんですが、雰囲気も最高ですね!」

優香が、店や店の料理に対してややミーハーなリアクションをすると、

「そうですか。気に入ってもらえて良かったです。」

と、一樹が冷静にそれに答える。また、その一樹の表情には、「微笑ましい」というような微笑があった。

 「実はこのレストラン、僕が昔付き合っていた人と、よく来ていたんです。」

『ちょ、ちょっと…。』

次の一樹の言葉に、優香は耳を疑った。

『確かこういう時は、はっきり嫌って伝えないと…。』

そう思う優香であったが、それを口にすることができない。

 そして、一樹の語りが、始まった。

 「その、僕が昔付き合っていた女性は、どちらかというとサバサバした性格でした。それで、いわゆる『同性からの人気が高い。』っていうような、タイプでしたね。

 そんな彼女と初めてこのレストランに来たのは、僕たちがまだ学生で、付き合いたての頃でした。その頃は2人ともお金がそんなにはなかったのですが、僕はどうしてもこのレストランに来たかったので、バイトでお金を稼いでここに来た、というわけです。

 ちょっと、おおげさな言い方かもしれませんが…。

 それで、ここの料理を初めて食べた時の彼女のリアクションは…僕は今でもはっきりと覚えています。それは、

 『何この味!?おいしい!』

というようなもので、普段の彼女からは考えられない、大きめのリアクションでした。

 それで、その日はレストランを出るまでずっと、彼女は饒舌になって、いろんな話をしてくれました。その様子は、僕が勝手に彼女に対して持っていた『彼女はクール』という印象を、塗り替えるには十分でした。」

『まだ、この話続くの…?』

優香はそう思い、そして自分でも完全に意識せずに、次の言葉を発した。

 「あ、あの、せっかく2人でこのレストランに来たわけですし、他の話しません?」

「…そうですね分かりました。」

一樹のその言葉を聞き、優香はとりあえず安心した。しかし、

 「では、僕が最近会った女性の話、少し聞いてくださいね。」

『え、また…?』

一樹にそう言われ、優香はそう思いながらも、今度はそれを止めることができなかった。

 「その人と僕は、付き合っていたわけではありませんが、あるきっかけで、出会うことになりました。それで、その人とはイタリアンの店に行きました。でもその人、とても緊張されていて…。まあ、僕も緊張はしていたのですが、ね。

 それでその人は、ナポリタンのパスタを頼んで、僕はその時は、アラビアータを頼んだかな?その後僕たちは、話をしながら料理を食べたんですが、彼女は緊張していたのか、その場でコップの水をこぼしてしまって…。」

 ここまで優香が話を聞いた時、

『うん?』

優香が、反応した。

 「一樹さん?それって、私のことなんじゃ…。」

「?いえ、違います。これは昔僕が出会った人の話ですが…。」

「じゃあ私の他にも、水をこぼした人がいる、ってことですか?」

「えっ…?すみません、優香さん過去にそんなことしましたっけ?」

「えっ…!?」

優香は、一樹の発言に完全に戸惑っていた。

「…すみません。僕、優香さんと前にお逢いしたかとは思うのですが、前に逢った記憶、全然ないんです。何でかなあ…。」

「は、はあ…。」

そして優香は気を取り直して、

 「でも、水をこぼしたの、私です!お忘れですか?」

「いや、それは優香さんとは違うと思います。過去に僕がそういった女性と会った、ってだけで…。」

「でも、そのイタリアンのお店、私と一緒に行きましたよね?」

「えっ、いや…申し訳ないですがそれも覚えてない、です…。

 でも、2人であそこ、行きましたか?」

『ちょ、ちょっと…。』

優香の戸惑いはさらに大きくなったが、ここで優香は、(普段の自分では想像できないが)機転を利かせた。

 「じゃあ、過去の私とのメッセージのやりとり、見てください。それなら、私とのこと思い出せるはずです。」

それを聞いた一樹はスマートフォンを取り出し、過去のメッセージを探したが、

 「本当に申し訳ない。僕、機械類には弱くて…。

 優香さんとのメッセージ、消してしまったかもしれないです…。」

「じゃあ私の方に残っているメッセージ、見せます!

 ほら!」

そう言って優香は一樹の至近距離に、半分イライラしながらスマートフォンを持ってきた。それを見る一樹の表情は、本当にすまなさそうなものであった。

 「…僕、こんなメッセージ送ってたんですね…。」

「一樹さん、思い出しましたか?」

「いや、でも、優香さんとのこと、思い出せないです…。

 過去に水をこぼした女性のことは、よく覚えているのですが…。」

「じゃあその人の顔、覚えていませんか?」

「え、す、すみませんそれは…。」

「分かりました。

 とりあえず、今日は楽しみましょう。それで、明日にでも一樹さんは、病院に行った方がいいと思います。」

「そうですかね…。」

「はい。

 では、食べましょうか!」

「本当に申し訳ないです…。」

その後の一樹と優香は、今までの流れとは全く別の話をし、その日を楽しんだ。


 「うーん、なるほどね…。」

 次の出勤日。その日は特にトラブルもなく、勤務はもう少しで終わりそうな定時前の時刻である。そして、職場のロッカールームで、優香は頼りになる美鈴に、ことの一部始終を話した。

『やっぱり、頼りにできるのは、先輩しかいない…。』

優香の心の中には、そんな思いがあった。


 ―でも私も自慢じゃないけど、恋愛経験はそれなりにある方だと、自分では思ってる。でも…そんな話、聞いたことなかった。―

―「ですよね先輩…。でも私、先輩にどうしても聞いて欲しくって…。

 何かいいアドバイスとか、あります?」―

―アドバイスね。とりあえず、その男の人は病院に行く、って約束したんでしょ?―

―「はい。」―

―だったら、とりあえず次逢った時に、診断結果聞かせてもらわないとダメだね。

 もしかしたら、それで記憶が元通りになるかもしれないし、ね。―

―でも私、不安なんです。このまま記憶が元通りにならずに、結局相手は私との記憶を『過去の人のもの』としか認識できないんじゃないか、って…。」―

―そりゃあ確かに不安だよね…。私はそういう経験はないけど、優香ちゃんが不安な気持ち、ようく分かるよ。

 でも、優香ちゃんに1つ、言っておきたいことがあります!―

―「…何ですか!?」―

―その前に確認だけど、優香ちゃんはその相手の男性のこと、好きなんだよね?―


 そこで優香は、ためらいながらも自分の気持ちを確認するように、こう言った。


 ―「はい、先輩。

 彼は本当に優しくていい人です。でも、何か、それだけじゃない、っていうか…。

 私の心の中には、彼の『病気』か何だかを知ってしまって、彼のことがほっとけなくなる自分がいる、っていうかなんていうか…。

 とにかく、私は彼のことが、好きです!」―

―そっか。それを聞けて良かった!

 じゃあ言うね、優香ちゃん。よく聞いてね。

 「愛とは無償」だよ!?―

―「『愛とは無償』…。」―


 その言葉は、優香の心の中に、矢のようにグサリとささった、優香はそんな気分になった。


 ―そう、「愛とは無償」。

 これ、誰の言葉か分かんないけど、私のお気に入りの言葉なんだ!

 だから優香ちゃん、愛に見返りを求めちゃダメ!優香ちゃんが本当に彼のことが好きなら、彼を信じること!彼の記憶も何もかもひっくるめて、信じること!―

―「なるほど…。」―

―確かに、「愛とは無償」って言葉は、言うのは簡単だけど、実行するのは難しいかもしれない。誰だって、自分の好きな人には振り向いて欲しいし、自分のことを好きでいて欲しい、よね?

 でも、本当の愛は、見返りを求めないことだと思うんだ。相手がどうであれ、自分の「好き」っていう気持ちを貫いて、相手に接すること!それで、相手のことを1番に考えて、相手のために行動すること!

 それができれば、自然と道は開ける、かもよ!?―

―「そうですよね先輩!『愛とは無償』ですよね!

 何か先輩の話を聞いていたら、勇気が沸いてきました!

 相手の気持ちももちろんだけど、やっぱり自分の気持ちですよね!自分の『好き』って気持ち、これからも大切にして、彼と向き合っていきたいと思います!

 それに信じていれば、彼の記憶も元通りになるかもしれませんし、ね!」―

―そうその意気だよ優香ちゃん!

 あと、これから優香ちゃんが辛くなったり苦しくなったりしたら、遠慮なく私を頼ってね!もちろん恋愛のことでも大丈夫だけど、それ以外のことでも、大丈夫だよ!

 私はいつでも優香ちゃんの味方だから、これからもよろしくね!―

―「はい先輩!私、改めてですけど、先輩と出会えて本当に良かったです!

 やっぱ、持つべきものは先輩ですね!」―


 優香は美鈴に話を聞いてもらって、幾分かスッキリした様子である。

 「あー何か全部話したら、お腹がすいてきちゃったな~。

 先輩、この後予定あります?

 どっか、食べに行きません?」

「うん、分かった!じゃあ今日は優香ちゃんの奢りで、とことん付き合ってあげるから!」

「えっ、奢りですか…?」

「冗談冗談!まあ、とりあえずどっか行こっか!」

「はい、先輩!」

 そして、優香たちは定時を迎えた。最近はいつも押しているタイムカードの調子が悪く、「近々修理に出さないといけない。」というようなことも聞いていたが、その日は機械トラブルもなくすんなりと打刻でき、優香たちは気持ちよく、退勤を迎えた。

 またその日は快晴で、季節は秋のため辺りは暗く、優香たちは空に瞬く星たちをしっかり見ることができた。

 『よし、これから頑張ろう!』

優香はその星空のように晴れやかな気持ちで決意を新たにし、美鈴と食事に出かけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る