過去の人を今でも…。
水谷一志
第1話 終わった恋は忘れましょう
「これで、何もかも忘れられる。私は、今から新しい一歩を、踏み出すんだ…!」
田島優香(たじまゆうか)は、いつもの彼女からは考えられない決意でパソコンに向かっていた。いや、正確に言うと彼女は迷っていたが、そんなある「決意」も、彼女の心の中の何パーセントかを、占めていた。
彼女が開いていたのは、一般的に言う所の出会い系サイト。しかしそのサイトは安全であると評判で、実際に彼女の周りにも、そのサイトをきっかけにして交際に至った男女が複数名いた。
「そう、今はネットの時代。確かに出会い系サイトってリスクがあるかもしれないけど、それを言いだしたら世の中リスクだらけだ。
それにこのサイト、見た感じもおしゃれで怪しい感じが全くしない。このサイトなら、私に合う人、見つかるかもしれない!
でも、ここで冷静にならないとダメだな。私、出会い系サイトで彼氏をガツガツ求める、って気分でもないし…。
ただ私、出会い系サイトに頼りでもしないと…。」
彼女、優香には、そんな出会い系サイトに頼ってでも忘れたい、とある「失恋」があった。
「えっ何!?大樹(だいき)?『別れる』ってどういうこと!?」
優香には、学生時代から付き合っている、「大樹」という彼氏がいた。
大樹は背は170cmそこそこで、決して高い方ではないが、彫りの深い顔をしており、いわゆる「イケメン」に入る部類であった。(また、優香はどちらかというと背の高い男性がタイプであったが、自分も身長は150cm台と高い方ではなかったので、大樹の身長はそんなには気にならなかった。)
そんな大樹と優香は、最初は同じサークル仲間(2人はボランティアサークルに所属していた。)というだけの関係であったが、次第に意気投合するようになり、お互いがお互いを想い合うようになっていった。
そして、
「田島優香さん。俺と、付き合ってください!」
告白をしたのは、大樹の方からであった。
「はい、喜んで!」
そして、それを受けた優香の方も、満面の笑みでその返事を返した。
そんな2人は学生時代、多くの時間を共有した。ある時は、2人で映画館や美術館に行ったり、(2人とも絵画などの美術は、どちらかというと好きな方であった。)またある時は、遠くまで旅行に行ったり―。それは、付き合いだしてからの2人の学生生活で、片方だけで過ごした時間はないに等しいと言っても、過言ではないほどであった。
しかし、そんな仲良しの2人にも、転機が訪れる。それは、2人がそれぞれ大学を卒業して、社会人になった辺りからだったであろうか。
優香は、自身がボランティアサークルに所属していたこともあって、また元々興味もあり、福祉関係の職に就こうとして就職活動をしていた。また大樹は、優香とは違った路線で、就活を頑張っていた。
「大樹、やった!ついに私の就職先、決まりました!
一応、そこは知的障害者の、通所型施設です。でも、その施設はそれ以外にも、知的障害者関係の相談業務なんかも、やってるみたい…。」
「良かったじゃん優香!おめでとう!俺、福祉関係のことはよく分かんないけど、すげぇよな!
俺も、あと一歩の所まで来てるから、2人とも就職が決まったら、お祝いしような!」
「そうだね、大樹!」
就活も佳境を迎えた頃、2人はそう言い合い、互いの未来を祝福し、また励ました。
そして、大樹の方も、とある銀行に就職が決まり、約束通り、2人はお祝いをすることになった。(ちなみにそれは、2人行きつけの、おしゃれなレストランで行われた。)
その時優香は、
「ねえ大樹、私たち、社会人になったら離れ離れになっちゃうけど、こうやってデートしたりなんかして、ずっとずっと一緒にいようね!」
と言い、大樹の方も、
「あったり前じゃん!これからは同じサークルじゃなくなるかもしれないけど、俺の気持ちは、優香から1ミリも離れねえよ!」
と言った。
この時の2人は本当に幸せで、この幸せが社会人になってもずっとずっと続く、そんな風に優香は思っていた。
しかし、現実とはそういうものなのかもしれないが、いざ2人が社会人になってみると、状況は変わった。
まず、優香の仕事はとてもハードで、自由な時間が、学生時代に比べて少なくなってしまった。また、大樹の方も残業が多く、2人のお互いに逢える時間は激減してしまった。
しかしそんな中でも、2人は電話やメールでお互いの近況報告をするなどして、2人の時間をお互いに作ろうとした。そしてそんな関係は、2人が社会人3年目、25歳になるまで、続いた。
しかし、恋の終わりとは、突然にやって来るものなのかもしれない。それは、優香が大学生時代からずっとダークブラウンに染めていた髪を、気分転換に黒に戻した、そんな秋の頃であった。
「そんなの嘘だよね!?私たち、ずっと仲良かったじゃん!ねえ、大樹!」
「ごめん優香。俺、他に好きな人ができたんだ。だから…、
悪いけど優香、俺たちはもう元には戻れない。」
「そんな…。」
もうすぐやって来る、今年のクリスマスには大樹に何をプレゼントしようか、そんなことを考えていた矢先に、この台詞である。
優香は途方に暮れ、それ以来、大樹と連絡はとっていない。
「先輩、私最近、失恋しちゃったんです…。私、その彼のことが、本当に好きで、好きで…。
私今、毎日が辛いです…。」
これは、とある居酒屋での、優香の勤務する施設の職員の、懇親会での優香の台詞である。そして、優香から「先輩」と呼ばれているのは、その施設では相談員を勤めている、大林美鈴(おおばやしみすず)だ。
ちなみに、その大林美鈴は、優香より5つ上の、30歳。優香の前の髪色に近い、ダークブラウンに染めた髪が印象的な、いわゆる「大人の女性」だ。(しかし、優香とは違い、髪はショートカットである。)また、美鈴は職員同士の会議等でよく施設長に意見もする、報告書等の書類作成もテキパキこなす、など「仕事ができる」タイプの女性で、(特に女性職員から)一目置かれ、また憧れられる存在であった。(そのため、優香は美鈴のことを特に「先輩」と呼んでいた。)
そして、一応まだ彼女は独身であるが、付き合って約5ヶ月ほどの、彼氏がいるらしい。(これは、美鈴本人が前回の懇親会で言ったことである。)
「そうなんだ、優香ちゃん。もう少し詳しい話、聞かせてくれる?
私、一応、恋愛アドバイスは得意な方だから!」
そう自慢する美鈴であったが、美鈴には、そういった自慢が嫌味に聞こえない、そんな不思議な魅力があった。
「そう、ですよね。先輩、確かにモテそうで、恋愛も得意そうですもんね…。
先輩、ちょっとうらやましいです!」
そう言う優香も、嫌味ではなく本心からその台詞を言っている。
「そんなに褒めなくても…。
で、続き、話してくれない?
大林美鈴の恋愛相談室が、その件、解決してみせますから!」
美鈴はそう冗談を言い、続きを促す。
「そう、ですか…。」
しかし、さっきの優香自身の台詞で、少し元気を取り戻したかのように見えた優香も、やはり失恋の話の前になるとその元気はなくなり、美鈴の冗談も通じなくなっていた。
「じゃあ、私の話を…。」
優香はそう言って、大樹の件を美鈴に話し始めた。その話し方は、最初は小さな声であったのだが、徐々にヒートアップしていき、最後には大樹への愚痴に近いものに変わり、大きな声になった。また、(当然ながら)周りには優香と美鈴だけでなく(男性職員も含めて)他の職員もおり、それぞれ別の話などもしていたのだが、優香の話につられ、途中からは全員がその話を聞く流れになった。
「なるほど。ありがとう、優香ちゃん。」
最後まで話を聞き終えた美鈴は、そう言った後、アドバイスを語り始めた。
―「そうなんです先輩。私、その彼氏のことが本当に好きで…。
それで、そんな彼氏に振られたのは、自分が何かしたんじゃないか、自分に魅力がないから、他の女の子の方に彼氏が行っちゃったんじゃないか、とか考えてしまって…。
私、今本当に、自分に自信が持てません…。」
―そっか。優香ちゃんがそうやって考えちゃうの、分からなくもない、けど…。
でも、それははっきり言って、間違ってるよ!失恋は、誰のせいでもない。たまたまその恋に関して、2人の「縁」がなかっただけ。だから当然だけど、今回の恋がうまくいかなかったのは、優香ちゃんのせいじゃない。
だから優香ちゃん、自信持っていいよ!これは私から見てのことだけど、優香ちゃんは例えば、うちの施設の利用者にもちゃんと敬語を使って優しく接しているし、それだけじゃなくよく利用者の変化にも気づくし、本当に、仕事をしっかりしてるな、って思うんだ。それに、普段の優香ちゃんは明るいし、愛嬌もあってとても魅力的だと思うよ!
もちろん、顔もかわいいと思うしね。―
―「先輩、ありがとうございます!
ただ、今の私は、全然明るくなんかありません…。もちろん、仕事とプライベートは別なので、しっかり仕事をするように心がけてはいます。でも、家に帰ると、やっぱりかなり落ち込んで、塞ぎ込んでしまいます…。こんな私でも、魅力的でしょうか?」―
―ごめん、ちょっと私の言い方も悪かったかな。
でも私は、優香ちゃんはそのままの優香ちゃんで、魅力的だと思うんだ。だから、塞ぎ込むことも必要だし、時には泣いてもいいと思う。そうやって、思いっきり自分の負の感情を吐き出して、気持ちをリセットすればいいんじゃないかな。
だってさっきも言ったけど、「優香ちゃんは仕事もできて明るい。」っていうのは、優香ちゃんの根っからの魅力でしょ?だから、気持ちをリセットできたら、そのうち優香ちゃんの魅力も、戻ってくると思うんだ!
あ、これはもちろん、今の優香ちゃんが魅力的に映らない、って意味じゃないからね。
それとも優香ちゃん、今まで「嘘の自分」を作り上げてた?―
―「いえ、そんなことはありませんが…。」―
―だよね?作り物の自分なんて、すぐにバレちゃうもんね。
とりあえず、今は昔の恋は忘れること!それで、時間が経つのを待つこと!そうしたら、またいつもの優香ちゃんになって、すぐにいい人、現れるよ!―
美鈴は、優香を精一杯、励ました。そして、そのアドバイスは、優香の体全体に、しみわたった。
「ありがとうございます先輩!何か私、ちょっとだけですが、元気が出て来ました!
やっぱり、先輩に相談して良かった~!いや、持つべきものは先輩ですね!さすが先輩!」
美鈴を褒めちぎる優香の言葉を受け、美鈴の顔は少しだけ、赤くなっている。(もちろん、これはお酒からくるものではない。)
「いや優香ちゃん、ちょっと褒めすぎだよ…。」
「え~そうですか?」
優香が調子に乗ってそう言ったところで、
「あっ、そうだ!」
美鈴が、ある提案を優香に持ちかけた。
「そういえば優香ちゃん、『○○』っていうサイト、知ってる?」
「あ、ああ、それって今流行りの出会い系サイト、ですよね?
…ってまさか先輩、それを私に…!?」
「そう、そのまさか!」
「でも私、出会い系サイトなんて…。」
「大丈夫大丈夫!最近の出会い系サイトは怪しい感じも全くないし、絶対にいい人、見つかるよ!」
「でも私、まだ気持ちの切り替えができていないっていうか、整理がついていない、っていうか…。」
「だからこそだよ!思い切って登録して、素敵な出会い、探してみたら?」
「は、はあ…。
まあ、そのサイトを使って彼氏を見つけた友達、私も知ってますが…。」
「だったらなおさら!
もちろん、無理にとは言わないよ。ただ、そういった選択肢も、あった方がいいかな、なんて…。
あ、もうこんな時間!そろそろ、お開きだね!」
美鈴・優香の発言に注目していた施設職員のメンバーも、美鈴のその声に反応し、その懇親会は終わりを迎えた。
「出会い系サイト、か…。」
懇親会を終え、家に帰った優香は、お気に入りのエスプレッソを淹れて飲みながら、パソコンを眺めていた。(ちなみに優香は、コーヒーはアメリカンよりも、濃い目のエスプレッソなどを好む傾向がある。)
そのパソコン画面には、優香が迷いながらも開いた、出会い系サイト「○○」のトップページがある。
「よしっ!」
優香はそこで散々考えた挙げ句、そのサイトに登録することにした。
すると…、
早速、1件のサイト内メッセージが、優香の元に届いた。
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