事件は、ほとりさんの周りで起きている
「昨夜、大変だったんだって?」
翌日、ほとりが店に行くと、繭にそう言われた。
「さすが。なんでも知ってるのね」
と言うと、
「言ったろ?
田舎の喫茶店ってそういうところ」
と笑う。
確かに。
お年寄りは早朝、私は昼間、女子高生は夕方。
みんな此処来てしゃべるもんな、と思う。
「そういえば、迫られたんでしょ? 未來に」
と言うと、
「迫られたってほどでもないけどね」
と繭は、さらりと流す。
本人は、ゲイだと言うが。
その姿はただのモテる男のようだ。
しかし、此処に来ると落ち着くな、と思いながら、ほとりは、年代物っぽい珈琲サイフォンを眺めていた。
今日は珍しく、普通に珈琲を頼んでみた。
人がみんな自分の珈琲をまずいまずいと言うので、ちょっと美味しい珈琲を飲んで、勉強してみようかと思ったのだ。
繭がロートの中を竹ベラで
「田舎の生活自体は、暇なんだけどさ。
事件は、田舎の方が、よっぽど起こってる気がするわ」
と呟くと、
「違うよ。
ほとりさんの周りで起こってるんだよ」
と繭は笑う。
この間は、ミワちゃんのせいじゃないかって言ってたじゃない、と思いながら、口には出さずに、繭の動きを眺めていると、宅配便が来た。
小さな箱を持っている。
「よく来るわね」
「そうだね」
繭はそう言い、ハンコを押して、その箱をポイ、と奥の部屋へと投げた。
「いつも、なに買ってるの?」
「フィルターとか豆とか、古美術品とか。
貴重なおもちゃとか」
「それ、投げちゃ駄目じゃん」
と言うと、
「そういえば、冷蔵庫の死体どうなった?」
と繭が訊いてくる。
「あのままあるよ」
そう答えながら、珈琲がゆっくりフラスコに落ち始めるのを眺めていると、かたり、と繭の後ろで音がした。
後ろの部屋から聞こえたようだ。
「誰か居るの?」
とサイフォンを見たまま、ほとりは訊いた。
「……いや、居ないよ」
と繭は少し笑い、珈琲をカップに注いでくれた。
ほとりが寺に帰ると、ちょうど環が裏山から下りてこようとしているところだった。
蔵の上の斜面に環の姿が見える。
向こうもこちらに気づいたようで、また、何処、フラフラしてやがった、という顔で見てくる。
「ごめん。
繭のとこに行ってた。
環は車探してたの?」
正確には、車と死んでいるかもしれない殺人者を、だろうが。
蔵の前まで下りてきた環にそう言ったあと、ほとりはあの冷蔵庫の方を見た。
うっかり殺されてしまったヤクザの人は、まだおのれの過去の罪を思い返しながら、陰に潜んでいるのだろうか。
そんなことを考えながら、環に言った。
「ちょっと家出してきていい?」
は? と環は言ってきた。
「ちょっと環と喧嘩して、家出してきていい?」
腕組みしてこちらを見下ろし、環が言う。
「……なにか俺はお前を怒らせたか?」
「ううん。
でも、喧嘩して、家出してきていい?」
そう訊いたとき、
「では、私との浮気がバレて、環の許から逃げ出したことにしたらどうだ」
といつの間にか蔵から出てきたらしい神様が言ってくる。
楽しそうだな……。
さすが元人間というだけのことはあり、微妙に俗っぽい。
環は神様が今出てきた蔵を振り返ると、溜息をつき、
「じゃあ……」
と言いかけ、足許をちまちま歩いていたノブナガ様を指先でつまんだ。
手のひらに乗せ、こちらに差し出すと、
「じゃあ、これを連れて行け」
ボディガードに、と言う。
いや、なんの役に立つんだろうな、と思いながらも、可愛いから連れていくことにした。
……いや、アップで見ると、ただのムサイおっさんなのだが。
なにが、喧嘩して、家出してきていい? だ、と思いながら、夕食後、環は山陰に消えていく、ほとりの車のライトを見送った。
「心配か?」
と横に立つ神様が、にやにや笑いながら言い、松の木の首吊り男も興味津々な様子だ。
「別に。
大丈夫ですよ」
と強がって、母屋に戻ろうとした。
あの蔵が視界に入る。
月明かりに白い壁がほんのり浮かんで、幻想的な光景だ。
しかし、ほとりのせいで、蔵の中からいろんなものが出てくるな、と思う。
ノブナガも自分や美和さんしか居なかったときには、姿を見せなかったのに、と思いながら、納屋の前を見た。
美和さん、この蔵に宿る呪いはすべて消さないでと頼まれましたけど。
ほとりが全部成仏させてしまうかもしれませんよ、と今は誰も殺してはいない美和に向かい、環は呼びかけた。
「この蔵には、強大な呪いがかかっておるな」
後ろから、ぼそりと神様が言ってきた。
そう。
木を隠すなら杜の中。
呪いを隠すなら、呪いの中に――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます