だから、職業変えてみたら?


 すったもんだ揉めたあと、山から戻ると、もう守村たちは来ていた。


「おう、環。

 すまんな」

と守村が庭先で笑って手を挙げる。


 その後ろで、見えない犬が吠えていた。


 硬い表情をしている守村の彼女は守村の方を見もしない。


 ショートカットで小柄だが、大人っぽい顔つきの女性で、ほとりが着ないようなシンプルだが、センスのいいコートを着ていた。


 ああいうのもいいな、と思わず、彼女のコートを眺めていると、彼女は物珍しいのかなんなのか、戸のない納屋の方を覗いていた。


 その足許をノブナガ様がチョロチョロしている。


 それから繭もやってきて、全員で掘りごたつに入り、守村が最近誰に会ったとかいう話をしたあとで、

「ところで、環はなんでずっと此処に居るの?」

と笑顔で訊いて、彼女、橋本美里はしもと みさとに蹴りを入れられていた。


 空気読めよ、ということだろう。


 ほとりが、さすが、こういう守村さんには、しっかりした彼女か、と思いながら、見ていると、彼女は守村を蹴ったあとで、足許を気にしている。


 それから祟りの話になった。


「祟りがあるから、結婚できないって言うんだよ、こいつー。

 うちの妹に言ったら、マリッジブルーじゃない? って言われたんだけど」


 カラッと笑顔でそう言った守村を美里が睨む。


 そんな話、妹さんに言ったの? という顔だった。


 ……男って奴は、深く考えもせずに、ペラペラしゃべりますからね~と思いながら、ほとりは苦笑いして聞いていた。


 しかし、祟りかあ、と美里を見つめると、何故か視線をそらされた。


 男同志は盛り上がって、なんだかわからない話をしているので、


「ちょっと外に出てみませんか?」

とほとりは美里を誘ってみた。


「外に、なにかあるんですか?」

と外が寒いから出たくないのかもしれないが。


 警戒したように美里が訊いてくる。


「……たまに人懐こい犬が居たり、ちっちゃい生き物が出たり」


 死体があったりしますね……と思いながら、そこで黙っていると、行きましょうか、と彼女の方が言い、立ち上がった。


 此処に居て、彼らの話を聞いていても暇だからかもしれない。


 では、とほとりも立ち上がったとき、目に入った襖は少し開いていたが、ミワちゃんの姿は見えなかった。





「ちっちゃい生き物って、なんですか?

 リスとか?

 ウサギとか?」


 そう納屋の前で美里に訊かれたほとりは、


 ウサギはあんまりちっちゃくないかなーと思いながら、


「それですよ」

と彼女の足許を指差す。


 ノブナガ様がちょろちょろしていた。


「見えてるんでしょう?


 さっきから、犬に吠えられて、ずっと不自然にそっち見ないようにしてましたよね」


 こたつの中の子どもたちのことも気にしていたようだし、と言うと、美里は観念したように溜息をついた。


「そうですか。

 わかってらしたんですね。


 実は……」

と言いかけたあとで、下を指差し、


「これ、抱っこしてもいいですか?」

と真面目な顔で訊いてくる。


 これ、と指差されたのは、ノブナガ様だった。


「さっきから我慢してたんです」


 美里は、そう淡々と言ってきた。


「ど、どうぞ」

と言うと、ひょいとつまんで、手のひらに載せる。


 目の高さに持ち上げ、

「私、初めて見ました。

 小さなおっさんって。


 ほんとに居るんですね」

と言う。


 ノブナガ様は、相手が誰だろうと、おかまいなしに、コートのボタンを剣でつついたりしている。


「あの、なにを見たんですか?」

と当たりをつけて訊くと、美里は、


「女の人ですよ」

と白状してきた。


あきらさんの肩に、女の人が居たんですよ。


 ……浮気だな、と思いました。


 生き霊だったから。


 でも、なんだか言い出せなくて。


 あの人に、笑って、

『なにそれ、知らないよー』

 って言われたら、なんにも言えないな、と思って」

と言う。


 晃って、守村さんのことか。


 言いそうだな、とほとりは思う。


 悪びれもせず、サラッと。


「でも、訊かないでいるのもなんだか……。

 それで、つい、祟りよって言っちゃったんですよ。


 悪いことしてるのなら、ビクつくかなーって思って」


「いやー、なんか貴女の話したとき、ラブラブな感じだったし。

 ないんじゃないんですか? 浮気とか。


 今も、私にはなにも見えなかったですしね」

と言うと、今は、美里にも見えないと言う。


「たまたま、なにかで守村さんをいいと思った女の人が瞬間的に憑いちゃっただけとかじゃないんですか?」


 親切にされてとか。

 通りすがりにいいなと強く思ったとか、と言うと、美里は眉をひそめ、


「お宅のご主人ならともかく、晃さんを通りすがりにいいって人が居るとは思えないんですけど」

と言ってくる。


「いやー、でも、人の好みそれぞれですからねー」

と言ってしまったあとで、あ、すみません、と言うと、美里は笑った。


「……私、生き霊が特によく見えるから。

 いろいろと困ったことも多くて」

と少し打ち解けた顔で告白してくる。


「そうですね。

 人によって、見えるものって違うから……」

と言いかけ、気がついた。


「そういえば、私とあまり目を合わさないようなんですけど、美里さん」


 えっ、気のせいですよ、と言いながらも、美里は、ほとりから視線をそらす。


 ……居るんだな、なにか、とほとりはおのれの肩の辺りを見た。


 いや、生き霊には心当たりがあるのだが……。






 守村に対する誤解が誤解だったのかはわからないが、美里は少しすっきりした顔で、去っていった。


 こちらに少しのわだかまりを残して。


 ほとりは、おのれの肩の辺りを探るように見る。


 居るのだろうかな、なにか。


 いや、なにかって言うか……和亮?

と思っていると、


「瞬殺じゃん、ほとりさん」

と繭が尻尾振った犬に飛びつかれながら言ってきた。


 いや、繭にはその犬は見えていないのだが、犬は嬉しそうだ。


「いや、解決したとかじゃないから。

 でも、美里さんが話して少しすっきりしたのならよかったわ。


 まあ、誤解だとおもうけどね。

 守村さん、メロメロじゃない、美里さんに。


 でも、あんまり女性に気を使う感じじゃないから、愛情がわかりにくいのかなー?」

と言うと、


「気を使う感じじゃないって、どの辺が?」

と繭に問われる。


「今、助手席のドアの側に居たのに、美里さんに開けてもやらずに、さっさと運転席側に行っちゃったじゃない」


「いや……結構普通だと思うけど。

 ほとりさん、どんなジェントルマンとばかり付き合ってたんだよ」


「でも、環はドアの近くに居たら開けてくれるわよ」

と言って、


「はいはい。

 此処もラブラブってことで」

と流された。


 そうなのだ。

 そんなに女性に対してマメではない環だが、わざわざ回り込んで開けてはくれないが、近くに居たら、ドアくらいは開けてくれる。


 まあ、環の場合は、男として、女性に対して、そうしてあげるとかいうより、秘書だったときの癖なのかもしれないが。


「でも、そうか。

 じゃあ、僕もほとりさんと二人で出かけるときは、ドア開けてあげるよ」

と繭が笑顔で言ってくる。


 環が、いや、そもそも二人で出かけるな、という顔をしていたが。


「でもなんかさー、もう職業変えたら? 二人とも。

 霊障相談屋とかさ」


 なんだそれ、と思っていると、

「だって、なんかそういう話を引き寄せるじゃない。

 次から次へと」


 死体まで、と言う。


「この寺がいわくつきの寺だからじゃないのか」


 本堂の方を見て、頭を下げた環は、そう言い、さっさと行ってしまった。


 檀家さんがお参りにいらしたようだ。


 ほとりもペコリとそちらに向かい、頭を下げながら思っていた。


 事件を呼び込んでいるのは誰だろう――?


「私かな、環かな?

 それか、ノブナガ様か、神様か……」


 あるいは、美和さんか、と納屋の前を振り返ったとき、繭が言った。


「……ミワちゃんじゃない?」


 初めて繭から出たその言葉に、

「あれっ?

 ミワちゃん、知ってるの? 繭」

と繭を見上げて訊くと、


「知ってるよ。

 言ったろ?


 ……この町で僕の知らないことなんてないんだよ」


 そう言い、繭は笑っていた。





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