夫を観察してみました




 祟りの守村さんが――


 いや、こういう言い方をすると、守村さんが祟っているみたいで、はなはだ失礼な感じになってしまうのだが。


 近いうちに、婚約者の人を連れてくると言ってきたのだが、すぐにという訳ではないようなので、ほとりは、ぼんやり母屋や本堂の掃除をしていた。


 他にすることもないからだ。


 ついでに夫を観察してみる。


 朝からテキパキ動き、一通りのお勤めを済ませると、お参りに来てくださったおじいちゃんの荷物が重そうだというので、一緒について、おじいちゃんの家まで行ってしまった。


 基本的にいい人だよな。


 反射的に人のために、さっと動ける。


 いや、まあ、軽く犯罪者な人ではあるのだが……。


 それはともかく、いい人だ。


 戻ってきたら、檀家さんからの電話を受け、カレンダーを見ながら、法事の日程を調整している。


 重なるときは重なるので、結構、予定、びっしりだが。


 まあ、こういうのは得意だよな、と思う。


 元秘書だし。


 スーツ姿も格好いいよなーと見合いのときに見せられた環の写真を思い出しながら、ほとりは思った。


 写真といっても、隠し撮りか? という感じに、カメラの方を見てはいなかったのだが。


 写真を撮られるのとか好きじゃなさそうな人だけど。


 親が隠し撮りしなきゃ写真もないとかどうなんだ……。


 前の夫の和亮かずあきは、ナルシストだったので、違う意味で、望まぬ写真を撮られるのは嫌がった。


『あー、俺、この角度は駄目なんだよ。

 消去しろよ、この写真ー』

とカメラを手に言って、太一に、


『同窓会の集合写真だぞ。

 ってか、消すなーっ』

とキレられていたが。


 ま、あれはあれで、いいコンビなんだがな……、と思っていたら、スマホが鳴った。


 なんとなく、未來みくな予感がしながら出ると、本当に未來だった。


 また、太一、どっか行ってんのか?

と思いながら、はい、と言うと、

『ほとりさん、ご主人が目撃されたそうです。

 あ、前のご主人ですけどね』

といきなり未來は言ってきた。


 いや、今のご主人は此処でカレンダーにスケジュール書き込んでるから、と本堂から隣の部屋に居る環を見ていると、


『ほとりさん、まだ、あのマンション、あのままですよね』

と未來が言ってくる。


 未來もよく遊びに来ていた前の住まいだ。


『前のご主人がマンションの茂みの前で、アンパン齧りながら、牛乳飲んでいたそうです』


 ……刑事か。


『ほとりさんが荷物取りにくると思ってるんじゃないですかねー』


 和亮はあのマンションにひとりで居たくないと実家に帰っているようなので、ついつい、荷物もそのままになっているのだが。


 ……というか、取りに行きたくないんだが。


 業者に取りにいってもらうわけにもいかないしなー。


 和亮のものと分けてあるわけでもないから。


 とりあえず、早く逃げなければ、と、とるものもとりあえず、出てきた、という感じだったから。


 そんなことを考えながら話していたほとりは、視線に気づいた。


 環がカレンダーをめくる手を止め、こちらを見ている。


 視線を合わせると、そらしてしまったが。


 スマホから未來の声がする。


『ほとりさん、荷物取りに行ってあげましょうか?


 ご主人に捕まって、ほとりさんの居所を吐け、と拷問されそうな危険性があるので、二百万くらいで請け負いますよ』


 いや、あんた、二百万で拷問されていいのか、と思いながら、

「いや、いいよ。

 そのうち、なんとかする」


 教えてくれて、ありがとう、と言いながら、電話を切った。


 この、そのうち、なんとかする、が曲者なんだよな~、と思いながら。


 なんでも、ついつい、そうして、日延ひのべしてしまう。


 あの死体も、それから……と環と目を合わせると、また、環は、ふいと視線をそらしてしまった。


 そう。


 今日、この夫を観察してみて思ったのだが。


 この人、ほとんど視線を合わさないんだが……。


 一日のうちに、妻と視線を合わせる回数、数回。


 わずか、二、三分……も行ってない、とかどうなんだ? と思う。


 この間みたいに、事件に関わってるときとか、料理や掃除を仕込んでくれるとき以外は、ずっとこんな感じなんだが。


 前の夫みたいな、歯の浮くようなセリフを環に言われても、ちょっと寒いが。


 あまりにも夫婦関係が希薄なような気もしている。


 まあ……貴方にとって、私は、望んでもないのにめとらされた、得体の知れない嫁ですしねー。


 多くは望むまい、と思いながらも寂しく思ってはいた。





 なんだろう。

 さっきから、ほとりがこちらを見ているような気が……。


 環はカレンダーをめくる手を止め、ほとりを見た。


 今は、スマホで友だちと話しているようで、こちらに注意を向けてはいなかったが。


 友人のものらしき、甲高い声がスマホからもれているが、なにを話しているのかはわからない。


 ほとりの顔がちょっと生気を吸い取られているようにも見えるから、あまり楽しくはない話なんだろうな、というのはわかる。


 そのとき、ほとりが自分の視線に気づいたように、こちらを見た。


 つい、そらしてしまう。


「いや、いいよ。

 そのうち、なんとかする」


 教えてくれて、ありがとう、というほとりの声が本堂に響いた。


 そして、ほとりがこちらを見たので、また、そらしてしまった。


 なにをやってるんだ、と自分でも思いながら、特に意識はしていない風を装い、外に出た。


 今日も陽気に、松の木には首吊り男が揺れている。


「首吊りって苦しいわよね」


 遅れて出てきたほとりが後ろから言ってくる。


「死ぬのに、首吊りを選ぶなんて、よっぽど辛いことでもあったのかなーと思うんだけど。


 この人、陽気よね」


 枝の上に居るノブナガ様と笑顔で話している男を見て、ほとりは言う。


「だから、今は、その苦しみから解放されて陽気なんじゃないか?」

と言いはしたが、いつまでも成仏しないのだから、やはり、失ってしまったおのれの人生に、未練や、思い残すことはあるのだろう。


 あれもだろうかな、と環は振り返った。


 寒いのに、開いたままの縁側から、トコトコ和室を歩いてこちらに来るミワちゃんが見えた。


 ワタシ ミワチャンヨ


 ワタシ ミワチャンヨ


 ハジメマシテ


 コンニチハ コンチニハ コンニチハ


 彼女は今日もそう繰り返すだけだ。


 ほとりもそちらを見ながら、

「あれが、ミワちゃんの言いたかったことなのかしらね」

と呟いていた。


 ハジメマシテ、コンニチハがか? と思い、眺めていると、


 コンニチ……


 あ、落ちた。


 すると、生きてはいない犬がパクッとミワちゃんをくわえて持っていこうとする。


「うわーっ、ちょっとっ」

とほとりが声を上げた。


「待って待って、犬っ。


 Dog!


 それ、放してっ。


 ハウスハウスッ!」


 いや、その犬のハウスはもうないし。


 おそらく、英語は通じない。


 っていうか、犬小屋、あったところで、咥えて入るだけだろう、思いながら、

「シロ、その辺にしてやれ」

と溜息まじりに言った。


「は? シロ?」

と言うほとりに、


「昔はシロって名前だった」


 来い、シロ、と言って、近づいた犬から、ミワチャンを取り返す。


 少し迷って、ミワちゃんを蔵の中に入れてみる。


 だが、次の日もやはり、ミワチャンは、トコトコ畳の上を歩いていて、襖も蔵もうっすら開いていた。


 まあいいか。

 これが此処の日常なんだろう。


 そう思いながら、今日も朝のお勤めをする。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る