その言いつけは、なんのため?
「祟りねえ」
そのあと、買い出しに出かけたほとりが、言いたいだけ言って去っていった守村の話を繭にすると、繭は笑い、
「でも、誰かに祟られてない人間なんて居るのかな?」
と言い出した。
「……怖いこと言わないでよ」
とカウンターでほとりが言うと、
「だってさー。
ほとりさんなんて、絶対祟られてるってか、呪われてるよー。
なんなの、あの人、次々、イケメンと結婚しちゃってーとかって」
と繭は軽く言ってくるが。
いや、ひとりめに関しては、好きで結婚してたわけじゃないし、と思う。
「でもまあ、とりあえず、呪ってそうな奴をひとり知ってるわ……」
とほとりは呟いた。
しかし、奴の場合、
『もう~っ。
なんで、ほとりさんばっかりー。
呪いますよー』
と口に出して言ってくるので、特に怖くはないのだが。
というか、未來は、まだ若く、それなりモテるので、おのれの未來も明るい、と思っているせいか。
文句は言ってくるが、ほぼ冗談まじりだ。
「っていうか、女の視点から言わせてもらうなら。
守村さんに不満があるから、遠回しにそういうこと言ってんじゃないかと思うんだけど」
「そうかもしれないね。
女の人の表現方法って、ちょっと男にはわかりづらいからね」
と言う繭に、
「あら、繭でもそうなの?
なんとなく、こっち側の人間だと思ってたわ」
と言うと、
「あのさー。
ゲイとオネエは違うからね~」
と言ってくる。
いや、ゲイだの、オネエだの、オカマだの。
いろいろありすぎて、違いがよくわからないんだが……と思っていると、はい、と繭は、自らが焼いたマカロンラスクを出してきてくれる。
昨日、店のデザートに添えてあったのが、綺麗で美味しかったので。
また食べたいけど、近くに売ってない、と話していたのだが。
どうやら、焼いてくれていたようだ。
パステルカラーでまとめられたそれを嬉しく眺めていると、繭が言ってきた。
「守村はさ、特に深く考えない奴だから。
彼女がマリッジブルーになってても、わかんないと思うんだよね」
「まあ、ほんと、男の人ってそうよね。
口には出さないけど、わかって、とか絶対無理。
っていうか、これ、可愛い。
綺麗に焼けてるよねー」
さすが繭。
皿の選び方も盛り方もセンスがいいと思った。
「繭、もう、喫茶店をメインにしたら?」
とほとりは言った。
今は、古道具の隙間に客が座るという感じなのだ。
こういう懐古趣味的な店も悪くはないが。
もっと繭に似合ったモダンな店にすれば、遠くからでも客は来ると思う。
田舎に住んでみてわかったのだが。
彼らは車で動くことがほとんどなので、美味しいお店や小洒落た店ができれば、どんな山の中だろうが、どんどん行く。
だが、繭は、自らが作った色鮮やかなマカロンラスクを見ながら、ちょっと笑って言った。
「日々、食べていけるだけ稼げれば充分。
僕は、ひっそり、そっと生きていきたいんだよ」
……ふうん、と思ったとき、繭の後ろの戸が少し開いているのに気がついた。
「繭、開いてる」
と言うと、ああ、と言って閉めに行く。
「そういえば、守村、寺にまで来たんだろ?
なんか言ってた?」
「なんかって?」
と訊き返すと、
「いや、こんな化け物寺に住んで大丈夫? とか」
そう繭は言ったが、訊きたかったことは違うことのような気がしていた。
「ううん、別に。
そうだ、今度は、ブランデーケーキ作ってよ。
この辺のスーパーで売ってるの、ほんとに子どもでも食べられる感じのしかないから。
私、もうびしゃびしゃに濡れてるブランデー漬けみたいな奴が好き」
と言うと、
「いろいろ言う人だね~」
と言いながらも笑っていた。
次から次へと事件が押し寄せるからなー、と思いながら、寺に帰ったほとりは、ぼんやり、あの冷蔵庫を見ていた。
いろいろ気になることはあるんだが。
なにも突っ込めないまま、日々過ぎていっている。
この腐臭とかな、とほとりは、裏山を見上げた。
冷蔵庫ではなく、何故か、山の方から、時折、腐臭が漂ってくる。
野菜を持ってきてくれたおばあちゃんたちには臭わないようなので、霊現象かな、と思っているのだが。
『ほとりさん、お願いよ。
あれを取り返してきて』
息子が政界に戻ってくることを夢見ている環の母親は、この胡散臭い嫁の手を握り、そう懇願してきた。
最早、親の言うことなど聞かないと判断し、嫁を送り込んだようなのだが。
……申し訳ございません、お義母様。
私、更に困ったものを見つけてしまいました、とほとりが思っていると、
「おい」
と声が聞こえた。
振り返ると、母屋から環が出てきていた。
「また、繭のところに行ってたのか」
そう、と言いながら、ほとりが、なんとなく納屋の方をチラ見すると、環もそちら見ていた。
「環……」
「俺じゃないぞ」
すぐに返ってきたその言葉に、死体のことは知ってたのか、と思い、環を見上げたのだが。
法衣姿の環は腕を組み、軽く小首を傾げて言ってくる。
「いや、俺も最近知ったんだ。
お前らが挙動不審だから」
開けてみて、初めて知った、と言う。
「そういえば、あそこに冷蔵庫があったな、くらいしか俺は認識してなかったから。
今まで開けても見なかったんだが」
と納屋を見ながら、言ってくる。
本当だろうか。
環は自分よりもかなり長く此処に住んでいる。
普通の人間なら、ありえない話だが。
ま……、環だからな、とほとりは思った。
『貴方に助けられた狐です』
とかいう訳のわからない女をあっさり家に置いてくれてしまう人だから。
「警察を……呼んでもいい?」
妙な間を作りながら言い、上目遣いに見てしまう。
環は少し困った顔をした。
後ろ暗い人だからだ。
その顔つきを見、まあ、もう今から通報したところで、助からないものだからな、と思ったほとりは、
「わかった。
もうちょっと待ちましょう」
と言った。
だが、環は、
「待っても腐るだけだと思うが……」
と言う。
自らが複雑な顔をしたくせに、そんなことを言ってくるのは、やはり、後ろめたいのと、人道的にどうかと思うからだろう。
「じゃ、私たちは、今すぐ此処を引き上げて、しばらくしてから、警察に通報するっていうのは?」
「それだと俺たちが犯人になるだろ」
まあ、そうかもな、とは思う。
さっきの環みたいに、知りませんでしたと言ったところで、警察が信じるとは思えないからだ。
「困ったな」
と言いながら、環は納屋の方を見ていた。
いや、本当に……。
なにより困っているのが、あの死体の人と交流が持てないということだ。
どうしたいのか。
何故、そこに居るのか。
例え、死んだショックで錯乱していたり、同じことばかり話していたりするとしても、霊と話せたら、少しは、わかることもあると思うのだが。
あの死体の人の霊は、姿を見せる様子がまるでなかった。
殺されて詰められたとかなら、なにか未練があると思うのだが。
「美和さんが成仏させるなと言ったものの中に、あれは含まれてないと思うんだが」
そう呟いた環に、
「ねえ、その、成仏させるなって言いつけはさ」
なんのため? と言いかけ、ほとりは、やめた。
ずっと此処に居たら、少しわかってきたような気がしてきていたからだ。
なんとなく、母屋の方を振り返る――。
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