檀家さんからご依頼です

冷蔵庫に詰まってました


 やっぱり、気になるな。


 環が檀家を訪れている間、庭を掃いていたほとりだが、どうしても気になり、蔵を振り返る。


 勝手に鍵がかかる蔵ってなんなんだろうなあ。


 中になにかが居る、は予想通りなので別にいいのだが。


 勝手にかかる鍵だけはちょっと気になっていた。


 竹箒を手にしたまま、そうっと身を乗り出し、蔵の方を窺っていると、

「ほとりさん、なにやってんの?」

と声がした。


 繭が箱を手に立っている。


 見えない犬が尻尾をふりふり、お客様に歓迎の意を示しているが、繭にはもちろん見えてはいない。


 ほとりの視線を追った繭はおのれの足許を見、

「……なんか居るの?」

と訊いてくる。


 犬が居る、と言うと、へー、と言った繭は、

「ところでなに見てたの?」

と訊いてきた。


「いや、昨日、あの蔵に入ってみたのよね」


「ああ、例の誰かが覗いてる蔵?」

と言うので、


「知ってるの? 繭」

と言うと、


「だって、大抵の噂話は女子高生たちから耳に入るもんね、僕」

と言ってきた。


 なるほど、そうか、と思いながら、繭も居るのなら心強いかと蔵に向かってみる。


 繭は後ろをついて来ながら、

「ところで、なんで、竹箒構えてんの?」

と訊いてきた。


 蔵を見ながら、

「いや、なにかあったときのためよ」

と言って、


「僕、見えない人だから、よくわかんないんだけど。

 ……霊に物理的な暴力って効果あるの?」

と言われてしまった。


「それ、夕べ、環に言われたわ」

と言いながら見ると、蔵には、やはり鍵がかかっていた。


「……オートロックなのかしら、この蔵」

と呟いて、なに言ってんの、と繭に笑われる。


「戸締りする霊とか憑いてるんじゃない?」

と適当なことを言う繭に、


「ところで、繭。

 こんなところまでなにしに来たの?


 環に会いに?」

と訊く。


 繭の住む町から此処までは結構距離がある。


 環、今、居ないよ、と言うと、繭は後ろの山を見上げながら、

「いや、上の白井しらいのおじいちゃんに届け物があってさ」

と言ってきた。


 此処も高台だが、この家よりも更に上の山の中にも家があるのだ。


「ところで、ほとりさんってさー。

 なにしに此処に来たの?」


 唐突に繭はそんなことを訊いてくる。


「へ?

 なにしにって?」


「いや、ほとりさんみたいな人が見合いでこんなところに来るかなあと思って」


 ほとりさんみたいな人がってなんだろう。


 田舎でじっとしている根性のない人とか? と思いながら、

「言ったじゃない。

 出戻り娘は置いておけないと言われて、親に叩き出されたのよ」

と言うと、


「ほとりさんはそれで追いやられたんだとしてもさ。

 なんで、環のご両親は、環の居ない状態で見合いしてまで、ほとりさんを此処に送り込んできたのかな。


 あの頑固な環がそんな嫁を素直に受け入れると、本当に思ってたのかな」

と言ってくる。


 いや、実際、受け入れているではないか、と思っていると、

「それは、ほとりさんだからだよ」

とこちらの考えを読んだように、繭は言ってくる。


「ほとりさんが環の好みだからだよ」


 そーですかねー?


 とても、そうとは思えないんですか?

と思いながら、竹箒を戻しに蔵の横の扉のない納屋に行く。


 話しながら、繭もついてきた。


「そうだよ。

 環は気に入らない嫁だったら、箱にめて送り返すね」

と言う。


 ……詰められたくない。


 スーパーで買い物をしたときにもらってきたダンボール箱にぎゅうぎゅう詰められているおのれを想像したとき、繭が、納屋にどんと置かれている古い緑の冷蔵庫のドアを笑いながら、開いた。


「ま、人様のおうちの大事なお嬢さんなんで、ナマモノらしく冷蔵庫にでも詰めて送り返すかもね?」


「人様のおうちの大事なお嬢さんをれ――」


 冷蔵庫に詰めちゃ駄目でしょ、と言い終わらないうちに、足の上に冷たいものが落ちてきた。


 ひんやりしている。


 下を見るまでは、中に詰めてあるはずの漬け物だと思っていた。


 汁とかこぼれてたらやだなー。


 靴下に染みたら、取れないかもなー。


 などと呑気なことを考えながら、下を向いた。


 ……漬け物にしては重いと思った。


 自分の足の上にのっていたのは、膝を抱えて、丸くなっている男の死体だった。


 もう死後硬直も解けていたのか、まるで、生きているかのように、ゆっくり手足を伸ばして、その場に大の字になる。


 足の甲にのったそれを見ながらほとりは言った。


「……なんてことしてくれたのよ、繭」


「いや、此処で、なんてことしてくれたのよってセリフ、おかしくない?


 まるで、此処にこれがあること、知ってたみたいだね」


 うかがうようにこちらを見ながら言った繭に、

「死体は想定外よっ。

 っていうか、早く戻してっ」

と言うと、ええっ!? 僕がっ? と言う。


「じゃあ、私がやるわっ」

と死体に手をかけようとすると、


「あああああっ。

 素手で触らないでっ。


 指紋つくじゃんっ。


 もうっ。

 僕がやるから、軍手でも持ってきてっ」

と周囲を窺いながら、繭がわめく。


 此処の庭先は公道のように、みんな通り放題で、いつ誰が来るとも知れないからだ。


「あーっ、もうっ。

 久しぶりに触っちゃったよ、死体ーっ」


「いつ触ったのよ、死体……」

と言い合いながら、二人で冷蔵庫に死体をぎゅうぎゅう詰めてみた。




 洗面所で繭はいつまでもいつまでも手を洗っていた。


「はい」

とほとりは、せめてもの気遣いとして、お客様用のふかふかタオルを手渡す。


「もう~、無茶する人だねえ」

と言いながら、繭は手を拭きながら文句を言ってくる。


「なんで、冷蔵庫に戻すのさ。

 通報しなよ、警察に」


「なんでよ」

と言うと、


「……そこで、なんでって言う人、初めて聞いたんだけど」

と言われたが、初めてもなにも、そうそう死体に遭遇することもないだろうに、と思う。


 そこで繭は、

「さては、警察に入られたら、なにかまずいことでもあるの? ほとりさん」

とにやりと笑って訊いてきた。


「そうよ」


「……なに堂々と言ってんだよ」

と繭は呆れたように言う。


 冗談だったようだ。


 いや、私は本気だが。


「ところで、死体は想定外ってなに?」


 なにがある予定だったの? と繭が訊いてくる。


 ほとりは、そのセリフを綺麗に無視し、

「ねえ、あれって、いつ死んだ奴なのかしら?」

と呟いた。


「冷凍庫じゃないんだから、入れといたらいつまでも腐らないなんてことないでしょうしね」


 そんなに古いものでもなさそうだ、と思う。


「そういえば、白いシャツからなにか模様が透けて見えてたみたいなんだけど」

と繭が言う。


 てことは、その筋の人か。


「あれ、此処にお住まいだった美和さんの言う成仏させてはいけないものリストの中のものかしら」


「……さすがにナマモノはないんじゃない?」

と繭が言ったとき、


「ただいま」

と声がした。


「環だ。

 じゃあ、僕帰るよ」

と玄関を振り返りながら言う繭に、じゃあ、帰るよっておかしくないか? 友だちが帰ってきたのに、と思いながらも一緒に外に出る。


 環とともに、繭が、じゃあねー、と手を振り、蔵の横の細い山道を上がっていくのを見送っていると、


「俺が来た途端帰るとは、まるで逃げ出す間男だな」

と横で環が呟いていた。


 はあ、まあ、ゲイじゃなければね……。





「ほとり、今から檀家さんがやってくる」


 繭を見送ったあと、冷蔵庫の死体のことを訊くかどうか迷っていたほとりに、環がそんなことを言い出した。


「ああ、お茶?」


 檀家さんが来るからお茶を出せというのかと思っていると、環は、しばらく沈黙して、ほとりを見たあとで、


「なにを言われても、静かに黙って話を聞いててくれ」

と言ってくる。


 微妙にかぶってますけど、静かに黙ってって。


 なんだろうな? とほとりが怯えていると、しばらくして、軽トラが坂を上がってやってきた。


 だが、その軽トラの助手席から降りてきたのは、ハットに手袋、素敵なバッグにヒールのおばあさまだったが、笑顔のひとつもなく、頭を下げてくる。


 運転席からは、普通のおじさんが降りてきて、ペコペコと頭を下げる。


「すみません。

 ちょっと……お願いします」


 なにか既にお願いされたくない雰囲気なんだが……と思いながらも、どうぞ、とほとりたちは、彼女らを本堂に通した。







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