……お前、本当になにしに来た

 

 不思議な嫁が。


 いや、聞いてみれば、まったく不思議ではなかったのだが。


 行方をくらましていた自分が此処に居ることを聞きつけ、親が送り込んできた嫁が居着いて、一ヶ月。


 相変わらず、この嫁はなにもしないし、出来ないでいた。


 ……お前、本当になにしに来た、と思いながら、環は、ほとりに問うてみる。


「お前、家事もロクに出来ないが、本当に狐か?」


 実際には、狐ではなく、知っている代議士の娘だったらしいのだが。


 お嬢様育ちでなにもできない、ただ美しいだけのほとりは、いっそ、狐の方が気が利く感じだった。


 そのほとりは、今、掘りごたつの中をめくって見ながら、

「環、環っ。

 おこたの中になにか居るみたいなんだけどっ」

と言っている。


「子どもの霊だ。気にするな」


 ほとりは、こたつから顔を上げ、訊いてきた。


「環、なにもかも気にするなで成仏させないけど、大丈夫?」


 足許では、いつの時代のものなのか、着物を着た子どもたちの霊が、きゃっきゃと遊んでいる。


 元からあったこたつが壊れたので、あの蔵の中から持ち出したのが悪かったようだ。


 たまに、いきなり、こたつの中から笑い声が聞こえてきたりして、びくりとすることもあるが、静かすぎるこの寺ではちょうどいいような気もしていた。


「いいんだ。

 俺はなにも成仏させないために此処に居るんだから」

と言うと、ほとりは小首を傾げていたが。


 この寺の蔵には、いわくつきの品々がみっしり詰まっている。


 それらに憑く霊を成仏させない、という条件で、先代の住職に此処に住むことを許されたのだ。


 住職亡きあとも、その教えを守り、この寺を継がさせてもらっている。


「蔵のものは成仏させるなと言うのなら、あれはいいんじゃない?」


 無精にもコタツから出ることなく、たまたま開いていた襖の向こう、和室の方をほとりは指差す。


 そこには、畳の上をトコトコ歩いている裸の人形が居た。


 昔から女の子たちが遊んでいるナントカちゃん人形とよく似ている。


 初めて見たときは驚いたが、既に日常の風景に溶け込んでいて、気にならない。


 最初に見たとき、なに人形って言うんだろうな、と思っていると、彼女は、

「ワタシ、ミワチャンヨ」

と自己紹介しながら、笑い出した。


「ワタシ、ミワチャンヨ。


 コンニチハ!

 コンニチハ、コンニチハッ!」

と九官鳥のように喋り出す。


 そして、また笑いながら行ってしまった。


「ミワちゃんは、礼儀正しいわねえ」


 コタツにどっぷり浸かったまま、ほとりはそんなことを言ってくる。


 古い日本家屋が、古民家カフェなどに再生されて、もてはやされているというが、実際に住むと、隙間風がすごくて、ともかく寒い。


 ほとりもだろうが、自分も気密性の高い今どきの家で暮らしていたので、冬が訪れると帰りたくなる。


 ワタシ、ミワチャンヨ……か。


 実は、つい最近まで、この寺を切り盛りしていた住職の名は、美和みわと言う。


 だが、彼女が生きていたときから、このミワチャンは居たので、まあ、別人だろう。


「おい、狐。

 お茶くらい淹れてこい」

と環はコタツの中で、ほとりの脚を蹴った。


 いてっ、と言ったほとりは赤くなり、

「ちょっと、脚、触らないでっ」

と文句を言ってきた。


 いや、軽く蹴っただけだろうが、と言いながら、つられて自分も赤くなる。


 そうなのだ。

 実は、この嫁は、指一本触らせない困った嫁なのだ。


 いや、まあ、下手に触ろうものなら、返品出来なくなって、困るからいいのだが。


 迂闊にほとりと夫婦になって、尻に敷かれたところで、

「じゃあ、貴方、実家に帰りましょう」

とか言い出されたら、敵の思うツボだ。


 そういう策略があって、親は、こんな俺好みの美女を送り込んできたに違いない。


 そう環が思ったとき、

「環ちゃーん」

と本堂の方から、おばあさんたちの声がした。


 こんな田舎では、寺はみんなの寄り合い所みたいになっている。


 お参りに来るついでに、本堂でお茶を飲んでいく人たちも多いのだ。


「ほとり」

 お茶、という前に、ほとりは立ち上がっていた。


 寒い寒いと呪文のように繰り返しながら、更に冷え込む昔ながらの台所に、ほとりは下りていっていた。


 もこもこしたセーターの袖にカメのように手を引っ込め、背を丸めたその後ろ姿を環は笑って見送った。







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