2-14.
さて、明くる日はアリスさんとデート!
わくわく楽しみだなあ!
――と、なる前にひとつだけ。
ちょっとした問題が発生した。
宮と別れて帰宅した俺。翌日に備えて早めに寝ておこうみたいなことを考えながら自室に入ると、中に知らない美少女がいた。と、いうのは嘘で普通にミヅキがいた。勉強机に座って、何か熱心に読んでいた。
人の部屋で勝手に何してるんだ――という感情は可愛い妹相手なので抑え。帰ってきた兄に気が付くと、ミヅキは顔を上げてこちらを向く。笑っているわけでもなく怒っているわけでもなく、どちらかと言えば無表情――しかしどことなく、何かが腑に落ちなくて迷っているような、漠然とした疑念に対して世の人々に無差別に説明を求めているような、そんな感じにボンヤリとした顔をしていた。
「エドっち、おかえり。あのさ、」
ミヅキは言いながら、それまで読んでいた本――正確には雑誌の表紙を、俺に向けてきた――
「これ、エドっちが買ってきたの?」
しまった――やらかした。
ミヅキに見つかるという可能性も考慮して、後始末をきちんとしておかなかったのが悪かった。ミヅキの手の内に陥った雑誌、それは、月曜の件の騒動の元とも言えるブツ――荒川が学校に持ち込んできた『ロードバイク・カタログ』だったんだ。
荒川はこのカタログを渡してきたはいいものの、口論の後その存在を忘れてしまったのか俺の机に置きっぱなしにした。授業が始まり、関係のない物はしまうよう注意されたので俺は持ち主に返そうとしたのだけれど、荒川はしばらく気を落としていたのか雰囲気が変だったので話しかけづらく、とりあえず俺はカタログを自分の机の中へ。そのまま気が付いたら教科書と一緒に持って帰ってきてしまった、というわけだ。
荒川がそれきり学校へ来なくなったので返すことができず、鞄に入れっっぱなしだとかなり邪魔なサイズなのでひとまずテキトーに机の本棚に突っ込んだのが昨日のこと。そして今日、それを早速ミヅキが見つけたというわけで――
「っていうか、おい、ミヅキ! 勝手に人の部屋入ってきて本棚漁ってんじゃねえよ!」
兄の威厳を精一杯発揮して怒鳴ったつもりが、対する妹はそんな兄に露ほども尊厳を抱いていない様子で、
「エドっちの帰りが遅いから、これを機にエッチな本とか隠し持ってないか調べてたの。で、そしたらこれ見つけて」
「いつも言ってるけどエッチな本なんて持ってねえよ。欲しかったとしても持って帰ってきた直後にお前にバレそうだから買えねえよ」
「何、やっぱり欲しいの?」
「妹が兄にそんな質問をするな。それに関してはノーコメントを貫き通すしかないから兄は辛いんだ」
「ジーッ」
「ジーッじゃない、ジーッじゃ。そんな疑いの目で見るな。変なこと気にしてるとお前の誕生日プレゼントをエロ本にするぞ」
「やめて。キモい。そんなことしたらマジでブッ殺す」
「本当に殺されそうだからやんないよ」
ミヅキの疑念を解いてから、俺はカタログの方について弁明をする。幸い荒川のことはこの前の遭遇のおかげで既にミヅキの知るところでもあった――そのおかげか、その雑誌が荒川によってもたらされたものだと説明するとミヅキはすんなりと受け入れてくれたようで、それ以上問い詰めてくるようなこともなかった(荒川の失踪についてはそれこそ面倒なので省き、ただ無理矢理押し付けられたという形に改変してある)。
「なーんだ、」
ミヅキはつまらなそうに、
「エドっちが自転車買うのかと思って超ビックリしたけど、そーゆうことなんだ。じゃあ安心。エドっちの気が狂ってなくて良かった」
「まあ確かに、俺が自転車買いでもしたら、気が狂ったと思われてもおかしくはなさそうだな」
「うん。早く楽にさせてあげるトコだった」
「?」
探究心がもう尽きてしまったのか、ミヅキはカタログを本棚に戻し、部屋から出て行こうとして、ドアを潜る前に最後に一言。
「もしまた自転車に乗りたくなったのなら、その時は私にも教えてね」
おやすみ。
――パタン。扉が閉じられた。
おやすみと言われたからと言って、こちらも素直におやすみとベッドに入ることはできない。俺はまだ帰ってきたばかりだ――夕飯は食べてきているが、まだシャワーを浴びたり歯磨きをしたりしないといけないのさ。
しかし――寝支度を整えながら、ちょっとだけ疑問に思った。
ミヅキは最後、何が言いたかったんだろう?
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