2-12.


 「リンコね、今スッゴく落ち込んでるの。ただ連れ戻しに行くだけじゃ、帰ってくる気になんないと思う。むしろ下手なこと言っちゃうと、いたずら刺激するだけの結果になるだけかもなの」


 「ちなみに確認なんだけど、」


 俺はツーを遮り、


 「荒川が落ち込んでるっていうのは、やっぱり俺のせいなのか?」


 「そうだよ。エドさん、月曜日にリンコと言い合いしたよね。それが原因だよ」


 ツーはキッパリと答えてきた。その顔に微笑みを浮かんだままなのはいつもと変わらない――しかし、その透明な瞳の奥にはやはり、これまでには見なかった色が浮かんでいる。


 しかしそうすると、やっぱり俺が荒川を泣かせたということになるのか。うーむ、何だか複雑な気分だぜ……。


 「条件はね、簡単だよ。明日までの夜までに、キーを二つ集めてきてほしいの。それだけ。キーのヒントは、今から出す質問の答え。いい? よく聞いてね」


 

 自転車とは何か?


 

 ツーが出した質問とは、そのようなものだった。


 「このヒントを参考に、明日までにキーを二つ。正しいキーをちゃんと集められたら、その時はリンコの居場所を教えてあげる。わかった? じゃあ、頑張ってね」


 何も文句は言えなかった――出された条件というのが複雑怪奇さ極まるあまり呆然としてしまったというのもあるけれど、例の如く言いたいことだけ言ってツーが帰ってしまったからという物理的要因によるところが最も大きい。



 いつもならツーが去った後は、何のしがらみに捕らわれることなくむしろ晴れ晴れとした気分になって、様々な雑念から解放されつつ帰途につけるのだけれど、今回ばかりは違った――いつも意味深なことを言い残す割には表情が魅惑の微笑みで固定されているので気持ちが伝わりづらいのだが、ここまで彼女が感情めいたものを見せたのは初めてだ。


 荒川の気分を害されたことがそこまで腹立たしかったのだろうか? 確かにツーは荒川の姉妹を自称し、荒川のことを常に気にしているような素振りは見せているものの、しかしだからと言ってこんな仕打ちは――全ての責任を俺に押し付けるようなやり方はちょっと酷じゃないか……? 当てつけもいいとこだぜ。


 しかしそうは言っても、俺がツーに反発することが出来ないのもまた確かだ。彼女の言う通りにしない限りはどうやら荒川の居場所を掴めなさそうだからな。このまま荒川が行方を暮らしたままでは自転車部が休止状態になってしまうし、何より彼女自身の安否が心配だ。


 ショックのあまり飛び出してしまったというのなら、行って慰めてやらねば――って、あれ? 何か変じゃないか? そんな理由じゃなくて、俺ってもっと別で単純な理由で動いていたような気が――そうだ、学級委員会だ。荒川が帰ってこないと副委員長である俺が来週にある会に出席せざるを得なくなる。


 俺はそれを避けるために行動を起こしたのだった――決して自転車部のためなんかじゃあないぞ? ましてや荒川に謝るだなんて、そんなこと全然思っちゃあ―― 


 「江戸君、どうするの? ツーちゃん、キーを集めることが条件って言ってたけど、自転車が何か、っていうのがヒントなんだよね。うーん、随分と哲学的な響きがする質問だなあ……私、全然わかんないよ」


 真っ暗なグラウンドのど真ん中に二人揃って取り残され。宮は隣で、ツーの残した質問に頭を悩ませているようだった(先週に会った時から、宮はツーのことをツーちゃんと呼ぶようになっている)。


 俺としても、今の出来事やこれからの方針について大いに話し合いたいところだったけれど、いかんせんここは場所が場所である。静けさ漂う夜の公園――しかも誰もいないグラウンドで二人で突っ立って話しているというのは、何とも集中し難いし精神衛生上そして防犯上あまりよろしくない気がしたので、俺はとりあえず、


 「もうこんな時間だし、飯でも食ってくか? そっちの方が話もしやすいだろうし。自転車とは何か、ゆっくりと議論を重ねようじゃないか」


 宮も異論はなかったようなので、彼女をつれて駅の方へ戻り、周辺にあったファミレスをテキトーに選んで入る。


 そこまでの道中、ツーの言葉を踏まえて色々と思考を巡らせていると、あまり芳しい結果を得られなかったものの、ひとつだけ勘付いたことがあった――それはつまり、荒川の母親のことだ。荒川はかつて言っていた――ツーは荒川が生まれた時から家にいたのだと。


 つまりそれは、もちろん同居人である荒川の母親もまた、その頃からツーを知っていたということに他ならないじゃないか。彼女のあの、娘が帰ってこないというのに何の心配もしていそうな態度――あれはおそらく、ツーのおかげなのではないだろうか? 


 ツーは(その仕組みは未だ不明だが)荒川の状況を正確に把握している。荒川の母親は荒川がどこにいるのかは知らない風だったけど、たぶん無事なことだけはツーから聞いているのではないだろうか――それ故のあの悠々とした構え。予想だけど、話から察するに昔から何度もあったことなのだろう――そう考えると、不思議と納得がいくのだった。ツーに関するあらゆる謎をそういうこととして前提にすれば、の話だけれど。

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