2-5.


 ◆


 実際はそこまで飛び出たわけでもない。まずはいつも通り部室に行き、アリスさんと会う。荒川の家に行くことを伝えると、荒川とはある意味一番波長が合っているアリスさんのことだ。一緒に来ると言ってくるだろうと思ったし、またそのことに対して何も異論はなかったのだけれど――


 「あらっ、そうなんだ。それならあたしもついていくわ~、って言いたいところなんだけど、あーん、タイミング悪いわぁ。今度の週末に本選があるから、練習サボったらチーフに怒られちゃうのよねぇ……。うーん、でもリンリンのことも放っておけないし、どうしよお~」


 悠然とした構えを崩すことのない彼女が本気で困っている姿というのも、けっこう珍しいのかもしれなかった。


 「荒川の家には宮と俺の二人で行ってくるんで、アリスさんは無理せずチームの方を優先してください。ま、あいつのことだ。別にそんな大事に陥ってるなんてことないだろうし、状況がわかり次第、連絡しますから」


 別に無理に三人で押し掛けることもないだろうと思い、そう説明すると、


 「そうよね……うん、わかったわ! 申し訳ないんだけど、今日のところは二人にお任せするわ。リンリンに会えたら、お大事にって伝えておいてね。あっ、あと、もし具合がすっごく悪かったりするのなら、明日はあたしもお見舞いに行くから。それじゃ、よろしくね!」


 アリスさんによろしく頼まれ、俺たちは今度こそ学校を出発する。




 目指すは荒川の自宅。場所は学校のある辺りから北西方向へ電車で向かうことおよそ一時間、郊外のとある街にそれはあるそうだった。


 先日自転車少女ツーのヒントを辿ってタマの川まで赴いた時も人生初になるかもしれない遠出だったというのに、今回はそれよりもさらに長くなりそうだ。地下鉄に乗っての大移動。だからと言って自転車で来るかって気にならなくもないけれど、荒川なら確実に心肺停止に陥りそうな長旅だ。


 俺だって元々電車なんて乗り物は好きではないのだけれど(というか移動することが基本的に面倒で嫌い)、今回は宮がいてくれるのがかなりの救いだった。中学生と言っても疑われることのなさそうな童顔女子とのランデブー。清楚系女子の代表格とも言えそうな彼女と二人きりでいるのは、一男としては心躍るものがないということは少なくともない。


 周囲のむさ苦しさにまみれた男子中高生たちから羨望の視線を浴びる快感に密かに浸りつつ電車を乗り換え、後はこの一本終点までというところ。席の端っことその隣が空いていたので、宮に端っこの方に座るよう促し、俺はその隣へ。それから電車を降りるまで、何だか妙に、宮はモジモジしていた。荒川の家に初訪問することに緊張しているのだろうか? 体が強張っているようで、俺がさりげなく肩を当てたりすると、ビクンと全身を震わせ、心なしか顔を赤らめてこちらを見てくる。そうじゃない時もチロチロとこちらを見てきているような気配があったので、面白くなってきた俺はそんな彼女で遊んで移動時間の暇を潰したのだった。




 駅を出ると、なるほどそこは郊外という感じで、俺の住んでいる街とはずいぶん色彩が違っていた。何より緑が多い。新開発地区である俺の地元の辺りは、綿密にデザインされた街のアクセントとなるよう、無機質になりがちなビルディングの多い街に彩りを添えるような感じで街路樹やちょっとした公園が整備されている程度なのだけれど、こちらはそうではない。緑がメインだ。元々森だった場所に多少手を加えて人が住めるようにしましたといった感じの場所で、そこそこ背の高い団地が立ち並び、道路もしっかり整備されてはいるものの、その空いた隙間を埋め尽くすようにどこもかしこも木々が生い茂っている。人工色に染まった街で生まれ育った者としては、それなりに新鮮な心地だった。


 「リンちゃんが住んでる街って、こんなトコだったんだね。緑がいっぱいでステキだなー。東京にこんな場所があるなんて知らなかったよ」


 景色の隅々を見渡し、その光景に見惚れている宮は、さながら森の女の子というような風情を醸し出している。それを見て思うに、私的意見ではあるけれど、どちらかと言えば乱暴なイメージの強い荒川よりも宮の方がこの街には似合いそうな気がする。


 緑に囲まれる黒髪の少女。新緑系森ガールといったところか――いやそんなことは意味わかんないし今は関係なかったな。本題に戻ろう。


 「それで、荒川の家はどこにあるんだ? その辺のマンション?」


 聞くと宮は、一瞬固まった。趣深い景色に顔を綻ばせたまま、固まった。


 俺の方を振り返りはしたものの、そのままフリーズ。視線を固定したまま動かない。


 その様子を黙って観察していると、やがてピクリと口元が動いたように見えた。それに乗ずるように、冷や汗のような雫が一筋頬を伝う。幸せそうだった顔が絶望的なほどに引きつっていくように見えたのは、気のせいだったのだろうか。


 ――否。やはりそれは、気のせいじゃなかったらしい。


 かつてこれほどまでにディザスタラスなことはなかっただろう――何ていうか……うっかりミスで片付けるには少し悲惨すぎるこの状況――どう言い表せばいいのやら?


 「……ごめん。ホントにごめん! そういえば私、リンちゃんがこの街に住んでるってことは聞いてたんだけど、それより詳しくはまだ知らないんだった……」


 自らの過ちを悔いるあまり涙混じりになる宮。


 そのドジっぷりを魅力的な女子として貴重な才能だと称賛するには、現状は少しばかり苦しすぎた。

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