1-18.


 ◆



 その後の展開はあまり要領を得なかった。


 砂浜からそんな離れていない、というかその砂浜から一続きになっている岸辺の公園(海沿いに一キロくらい続いている)、その海に面した位置にある建物につい最近オープンした喫茶店に入った俺たちは、テラスのテーブルを囲んで他愛もない話に花を咲かせていた。


 部活の活動内容、主に合宿についての話をするという当初の目的はとっくに忘れ去られたらしく、話題は事前に荒川が宣言していた通り江戸家の兄妹についてだった。俺は黙秘権を駆使しプライベートの保全を図ったものの、その思惑は尽くミヅキによって崩される。荒川と宮(特に荒川)が根掘り葉掘り俺の素性を晒そうとしてきたのも相まって、知られる必要のなかったはずの事実が次々に世に晒された。

 

 丸裸にされている気分に耐え切れなくなった俺は途中退席、何やら喚いている荒川とミヅキを無視して海を挟んだ街の景色に思いを馳せていると、そんな俺のことを思ってついてきてくれたのは心優しき純白の宮であった。


 

 少しの間、公園のベンチに並んで座り、俺たちは黙って風景を眺めていた。


 何と言ってもここの名物は海の上に聳えるオーロラブリッジ。地上の建築物よりも大きな人工物である橋が海を跨いでいるのは壮観なもので、その表現しようもない巨大さから感じられる自然の脅威ならぬ人類の脅威、否、人間の驚異めいた偉大さには、無意識に畏怖の念すら抱かされてしまう。


 橋が繋ぐ反対側には、果てしない都会の街が広がっている。こういった景色の好き嫌いはどうであれ、少なくとも可憐な女子と二人で眺めるのに良いことに違いはなかった。


 ちょうど夕景が夜景に変わっていく時間帯。微かな波の音と潮の香りに、辺りは包まれていた。


 「ここの街、始めて来たけど、とってもいいトコロだね」


 前を向いたまま宮が呟く。どんな表情をしていたかは、わからない。


 「そうか。それは良かった」


 俺も前を向いたまま答えた。橋を渡る車を目で追いながら。


 宮は答えてこなかった。同じように車の流れを見ていたように、俺は感じた。


 そよ風が吹く。視界の端で、宮の髪が揺れる。


 茶髪の荒川、金髪のアリスさん、赤髪のミヅキといる中で、純粋な黒というのはある意味貴重かもしれない。烏の濡れ羽色。光を反射すれば、それは彼女の心のように白く輝く。


 宮と俺はそのまましばらくスローテンポな会話を続けていた。ミヅキの話題、江戸家の話題。この街の話題、宮の地元の話題、宮の家庭の話題。等々。


 自転車少女のことについても軽く触れた。しかし、ここに来る途中で会ったあの後、結局荒川は一切の説明を拒否し、というか本当に荒川自身もツーのことについてはよくわからないらしく、荒川と俺がその真相について無関心を決め込んでいるのに倣って宮もそうすることにしたようだった。


 元より、彼女に至っては、ツーのその卓越して美しい容姿をその双眸に入れることができただけで満足なようだ。加えてツーが荒川と俺の知人ということでまた会える可能性が高いとわかり、細かいことは気にならないほど気分が高揚しているようなのでまあ気楽でいいもんだ。俺もとりあえずはそのことを忘れ、宮との時間に心を寄せていた。


 カップルなわけでもないのに、何やら互いにうっとりするような気分に浸っていた理由はよくわからない。宮との距離が徐々に縮まり、いつの間にか肩が触れ合うほどになっていたのもまあ気のせいだろう。端から見れば完全にデート中の高校生カップルだったに違いないけど、俺は別に嫌な気分はしなかったし宮も心なしか気分良さそうにしていたので問題はない。



 

 告白すれば確実にオーケーをもらえそうな雰囲気が漂っていた。


 まるで、世界の中心に俺たちは存在しているかのようだった。


 宮だけいればいい。お前がいてさえくれれば、俺はそれで十分なんだ。この先どんな苦難が待ち受けていようと、俺は立ち向かっていける。どんな手を使ってでも、お前を必ず幸せにしてみせる。お前さえいれば。これからよろしくな、宮――そのようなことは、一切思っていないので悪しからず。


 やがて空から暖かみのある色どりが消え、夜の時間帯がやってきた頃。あちらはあちらで仲を深めていたらしい荒川とミヅキがこちらへやって来た。ベンチの横に自転車を立て掛けた荒川が隣、宮とは反対側に座り、スペースがもうなかったのでミヅキは俺の膝の上へ。両手に花どころか花に埋もれて窒息死しそうな状況に陥る。


 ミヅキは俺に対して、先程のことでまだ腹を立てているようだった。それなのに何故膝の上に乗ってきたかという謎は子孫のために残しておくとして、荒川とどんな話をしていたのかは知らないけれど、俺が部活に入ったという現実はどうにかして受け入れることにしてくれたようだった。


 「エドっち、」


 身長差を活かして俺をソファ代わりにしながら、ミヅキは呟く。


 「家に帰ったら、ちょっとお話しよ」


 ふてくされたような口調は残っているものの、ミヅキにしては珍しく妙に改まった言い方だった。


 一体何の話なのか、荒川からどんなことを吹き込まれてそんな思いに至ったのか、疑問に思いつつも俺は、


 「寝てなかったらな」


 そう答えた。


 四人揃ったものの、新たな話題はあまり出て来なかった。ぽつりぽつりと、誰かが呟いたりするものの、俺たちは皆、揃って前ばかり見つめていたように思う。


 放課後の夜空。通学路の夜景。皆で過ごす、学校帰りの静かな一時。


 何故ならそこには、そんな気分にさせられる景色がいっぱいに広がっていたからさ(ちなみにミヅキが持ってきたサッカーボールは回収し忘れ、そのままどっか行った。家にいっぱいあるから特に問題はない)。

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