1-16.


 宮のさりげない発言によって引き起こされた騒乱については愚にもつかないので省略。次の展開までの繋ぎのために簡単にだけ記すなら、まあ経験則からも容易に想像されるだろう通りだ。


 例え仲の良い女子だろうと失言は許さない荒川は珍しく宮をも怒鳴りたて、まさかそれが失言だとも思ってもみなかった天然女子、宮がテンパりまくる。何故か荒川の怒りは俺にまで飛び火し、我が頭皮がひたすら凝ったというだけの話さ。


 「もうっ。まさかフーちゃんがそんなこと言うなんて思ってなかった。変な勘違いしないでよね。何でこんなのとあたしが心を通じ合わせないといけないわけ」

プンプンッ、といった感じに、やっとのことで落ち着きを取り戻した荒川(自転車に跨って地面から足を放したまま腕組み。高難易度両手放しみたいな状態)。宮の方はと言えば、可哀想に、これまでなかったほどに委縮してしまっている。


 「うぅ、ごめん……」


 いや、宮よ。そこは謝らなくていいんだ。俺と荒川がこれ以上ないくらいに仲が良いなんてありもしないことを言ったのは確かに失態だったけれど、この際そのことについては黙っておいてやる。少なくとも、荒川に対して謝罪の意を表明する必要はない。世界中どこを探してもそんな必要性はない。頭を下げるべきはお前じゃなく、荒川だ。何食わぬ顔でそこに立っている荒川輪子だ。


 おい、荒川よ。とはなんだ。真面目に生きている人間に対して、はないだろう。俺にだってプライドくらいあるんだぞ? 十五年かけて形成してきた立派な人格はもちろん、男としての矜持だってある。こんなのと言われる人の気持ちを考えて、お前は喋っているのか? 人をこんなのなどとあたかも取るに足らない物のように扱うのは、考えようによっては人権侵害にだってあたる。


 人間としてこの世に生まれてきたのに、健康で文化的な最低限度の生活を営むことすら許されない人たちの気持ちを、お前は考えたことがあるのか? 基本的人権の尊重という概念がまだ存在しなかった時代、様々な自由を不当に奪われ苦難を味わいつつも希望の未来を信じ、また求めて、闘い続けた人々の気持ちを、お前は考えたことがあるのか?


 とまあ、こんなことを口にすればたちまちのうちにまた荒川の不興を買うことになりかねないので心の中で思うだけに留めて。


 しばらく静かだったミヅキがそろそろ痺れを切らしたようだった。蚊帳の外に置かれていたのが不満だったのか、はたまた何か別のことが面白くなかったのか。ミヅキはスタスタ近寄ってきて腕を掴んでくると、俺はそのまま五メートル離れた木の陰へ連行された。


 「説明して。わかりやすく説明して。エドっちはあの人たちと、どんな関係なの。あの人たちはエドっちの何なの」


 「何なの、って言われてもな、」


 ヒソヒソと言われたのでこちらもヒソヒソ声で答える。


 「さっきあいつらも言ってたろ。ただの友達だよ。クラスメイトだよ。高校で同じクラスになった二人だ。それ以上でもそれ以下でもなく、この上ないくらいただの友達、マイフレンドさ」


 宮はともかく荒川のことを友達というのは何となく引っかかるような感はあったけれども、ここはとにかくわかりやすさ優先だ。ミヅキにしか聞かれていないことだし、彼女が納得してさえくれればそれでいい。


 しかし当の我が妹はどうにも釈然としないらしく、


 「友達……友達……エドっちに女友達……。あり得るの? そんなことがあり得るの? わからない、わからないよ……」


 俺はさりげなく罵倒されているような気もしたがそれは置いといて、ミヅキは自問自答の挙句、何が悲しいのか今にも泣きだしそうな顔になり、


 「だってエドっち、今までそんなこと一度もなかったじゃん。クラスの人と仲良くしてたことなんて一回もなかったじゃん。それなのにどうして、どうして。どうしてなの。高校生になったら、こんなにもすぐに人が変わっちゃうものなの……?」


 「ああ、それな、そのことだけど、」


 ミヅキの言葉にヒントを得て、俺は状況をもっと噛み砕いて説明するための妙案を思いつき――


 「より詳細に説明するなら、あいつらはただ同じクラスにいるというだけじゃない。部活も一緒なんだ。だから比較的交流が多いんだよ。共通点が多いから、何かと関わる時間が多くなっちまってるのさ」


 これでミヅキも納得してくれるんじゃないかと思ったのだけれど――否。


 これは間違いだった。とんでもない間違えだった。


 先程の宮の失言なんてこれと比べれば消しカスのようでそんな些末なことは巨大竜巻に襲われた学校の机の上のカスのように簡単に消し飛ばされてしまうくらい、これは恐ろしい失態だった。


 何の気もなしに言ってしまったけど、俺はもっと思慮深く発言をするべきだった。これまで自分がどのように過ごしてきたのか、どんな風に妹から見られていたのか、家族の目に自分がどう映っていたのか、もっとちゃんと考えてから、物を言うべきだった。

 

 何事にも短絡的な姿勢を取り過ぎていたことによるミス。完全なる自分の過失。誰にも文句なんて言えない。

 

 

 いやマジで。


 普通にドジった。


 驚愕に目を見開いたミヅキは、かつて見なかったほどの気迫で兄に詰め寄り、言ったのだった。


 「エドっち、部活入ったの⁉⁉⁉」

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