1-11.


 もちろん俺は本当に女子たちに新しい喫茶店を紹介したかったわけではないし、はたまたそこで本日の不遜な態度を詫びるつもりだったわけでもない。


 両手に花シチュエーションを望んでいたわけではもっとなく、ただ俺は荒川――ついでに宮も――を連れ出せればそれで良かったんだ。しかし細かい事を言及するなら、別に連れ出す必要があったかはわからない――ただそうするのが手っ取り早そうだからその方法を選んだ、としか言いようのないイマイチ必然性に欠ける行動だ。


 さて、今回俺が何をしたかったのかと言えば――自らの経験による推測では、荒川と宮のふたりをここまで連れて来れば、事態は自動的に目的の達成への展開へ移行されるはずだった。


 ここ、つまり我が通学路の中でも最も印象深い新築の橋の道。夕空色に染まる海を眺めながらここを歩いていると、あの女の子は極めて高確率で現れるんだ。ふたりきりでこの道を歩く(片方は自転車に乗ってる)というのがつい最近始まった俺の欠かせない日課であり、この日の計画を実行に移すにはそこへ、もうふたりほどキャストを追加するだけで良かったのである。

 

 荒川と宮。正確には宮はおまけのようなものだけれど、この際物はついでだ。このふたりとあいつを鉢合わせにして、全ての真相を突き止める。どうだ、非の打ちどころがないだろう――何事にも抜け目ない俺がちょっと本気を出せば、これくらい訳もないのさ。


 そして予定通り、毎日西の空に日が沈むのと同じくらい決まったようにツーはやって来た。


 その時の情景描写としてはまず、誰も通らないのにただただ、だだっ広い道を俺と宮が並んで歩き、さらに宮の隣を荒川が並走(言うまでもなく自転車で。両手放しをしながら徒歩のペースを維持している)。約一名が競技用自転車に跨っていることを除けばいかにも普通にのんびり帰宅途中の高校生集団といった感じに足を進めつつ、最初は行き先であるオープンし立てのカフェ(ちなみにその店のことは嘘ではなかった。本当に先々週くらい(確か)に噂を耳にした)について俺が懇切丁寧な説明を施し、女子二人が膨らむ期待を胸に押し込んだ後は自転車女子トーク開始、俺は蚊帳の外でひとり寂しく海の向こうへ思いを寄せていた。


 女子同士の会話に男子一人で乗り込むというのは勇気というよりも無謀の類に入るだろうし、それが自転車女子同士となれば無謀をも通り越してそれはただのミッション・インポッシブルに達する。自転車を漕ぎながら器用に話しやすい姿勢(ハンドルを机に見立てて突っ伏せているような体勢等々)に変えたりしてる荒川と、それに何の違和感も抱かず応対している宮。それでいて会話内容はいかにも女子っぽく気になるクラスメイトの男子――否、気になる自転車だったり、進路、ではなくサイクリングコースの話だったり。


 例えば、地面に突き立てたきゅうりをどちらが多く対岸まで蹴り折り飛ばせるかというローカルゲーム(きゅうりが根元から抜けてしまったらアウト)の話題で目の前のふたりが盛り上がっている時のことを考えてほしい――きっとそれは、今の俺と同じ気持ちなはずだぜ……。


 とまあ、そんな感じだった。そんな感じでそんな風ないつもの状況、別にこれまでも似たようなパターンはあったから、俺は気まずく思ったりすることもなく、ただ時が来るのを待っていた。が来るのを待っていた。


 ちなみに、この道で俺がほぼ毎日ツーと会っているという事実は荒川はもちろん宮含めてまだ誰の知るところでもない。先日の騒動の際に荒川とツーとは三人で会っているけど、それ以前からツーのことを知っていたという話は実は荒川にしておらず、荒川の認識ではあくまで俺はその時に初めてツーと会ったということになっている(あの後、さりげなくツーのことを尋ねてみたものの、荒川は「知らないよくわからない」の一点張りだった。デリケートな話題だから触れてくんなオーラを出していたので、俺はそれ以上踏み込めず、また、それまでのことも話し出せずにいたのだった)。


 そんな事情もあって、この場にあの自転車少女が現れた時に二人――特に荒川にどんな反応をされるか、不安がないでもなかった。宮に関しては、こちらの事情によりツーは一度顔を見せてはいるものの、それを宮が覚えているかわからない。荒川の場合、言葉にして伝え合ったわけではないけれど、ツーのことは他の人には話さないというのが、彼女と俺の間での暗黙の協定――だったのかはわからないし俺が勝手に思ってるだけかもしれないけど、少なくとも荒川はツーのことを自分から話したことは一度もない。それどころか、心なしか荒川はツーの存在を隠そうとしているような気配さえする――先週にさりげなく尋ねた時、俺は彼女の態度から俺はそんな風に感じたのだった(それでも俺とツーが既知だという事実を晒さないままにふたりの関係を多少なりとも聞き出した俺の探偵としての素質は称賛に値しないだろうか? 


 ちなみにその時のやり取りを詳細に記すと、


 場所:とある砂浜 状況:荒川が部活動参加申請書を届けにきた際

 

 俺:「ちなみになんだけど、あいつは一体何者なんだ?」

 

 荒川(以下荒):「あいつって?」


 俺:「あの白い髪の女の子のことだよ。ツーって呼び名は、お前が付けたんだっけ」


 荒:「……ああ、ツーのことね(ここで急に表情が曇る)」


 俺:「(訝しく思いながらも)お前とあいつはどんな関係なんだ? ツー自身は確か、姉妹のようなもんだとか言ってたけど」


 荒:「はあ? 全然違うから! 何勝手なこと言ってんのあいつ、っていうかいつの間にそんなこと江戸君に話してたの?」


 俺:「ああ、そのことだけどな、実は」


 荒:「(俺が言いかけたのを遮り)ストップストップ。ごめん、先に言っとくけどあたし、あいつのことなんてなーんにも知らないからね」


 俺:「……?」


 荒:「気にしないでおいて。気にしただけ損だよ。姉妹だなんて全然ないから。あるわけないから。そんなのあいつの勝手な妄想よ」


 俺:「仲が悪いのか?」


 荒:「だから別に何でもないって! ホントに何も知らないの! 知らない知らない知らない、なーんにも知らない!(背中を向け、会話拒否の意思を示す)」


 俺:「(構わず)でも、あいつの方はお前のことをよく知ってるみたいだったけどな。昔からの仲だって聞いたけど」


 荒:「あーもう、知らぬ間に何色々話しちゃってんのよ……ホント腹立つ!(数日前の事件の後どこかしらのタイミングで俺とツーが話したと思い込んでいる模様)」


 俺:「日本一周した時も一緒にいたって聞いたぞ」


 荒:「そうだよ。あいつは昔っからあたしのすぐ近くにいた――でも、正体が何だって聞かれても知らないから! 知るわけないよ。だってあいつ、あたしが生まれた時から家にいたんだもん。あれが何なのか、あたしの方が聞きたいくらい!」


 俺:「(口を開きかける)」


 荒:「だから何も聞かないで。これ以上問い詰めないで! 何を聞いたのか知らないけど、全部口から出まかせだから。あいつはあたしの何でもない。何かなんてわからない。だから忘れよ。忘れて。ね?」


 俺:「(再び口を開きかける)」


 荒:「てゆーかそんなことより聞いてよ! このコ久しぶりに乗ったんだけど、一度カーボン乗っちゃうとやっぱ鉄は重く感じちゃうんだよね。アルミはアルミ、クロモリはクロモリの良さがあるって言う人も多いけど、あたし的には軽いのに越したことはないんだよなー。筋力のある男子なら金属の固さ由来の性能を引き出せるんだと思うけど、あたしなんて非力な女子だし、カーボンのあの扱いやすさを知っちゃうと体がそっちを求めちゃう……あー、ほんっとバカなことしたなー。割っちゃったあのコには悪いけど、また新しいカーボン買っちゃおっかなー……――」)。



 とまあ、そんな事情もあって、これからどんな展開が待っているのか、どんなびっくり仰天な真相が暴かれるのか乞うご期待と言ったところだ。


 そして――果たして彼女はやって来た。いつもの三倍の人数の行軍も物ともせず、決まったようにやって来た。


 この道は海に架かる橋になっているので、道の脇には柵がある。もたれかかって景色を眺めるのにはちょうどいい高さの、先進的シンプルモダンなデザインの街並みに見合う立派な柵である。


 、ツーはやって来た。まるで手すり部分がレールなんだと言わんばかりに、一歩間違えれば海の底へ真っ逆さまの面積の上を、ツーはいつものように走ってきた。

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