1-12.


 「えっ……ひゅぇぇっ!?」


 ひゃ行のえ段のような音声を発して驚いたのは宮だった。荒川流曲芸走行は見慣れていても、ここまで常識を逸した危険極まりない走行法はさすがに予想外だったらしい。


 「今日はみんないるんだね~楽しそ~」


 自分が何をしているのかまるでわかっていない顔のツーは相も変わらず歌うような調子だ。


 「ちょっと、危ないよっ……って、あれ? あれあれ?」


 慌てて駆け寄ろうとした宮だったが、直後何かに気が付いたように足を止め、


 「……もしかして、この前会った子?」


 思い出したようだった。


 そう、今は懐かしき自転車部創設前の時代、ツーは部活のメンバー探しに奔走していた俺の助勢を買って出、宮と俺の偶然の出会いを取り計らってくれたのだった。その時に宮はおとぎ話に出てくるような超絶綺麗な女の子と出会ったのだけれど、すぐにその姿を見失った。俺と会ってからはその存在もすっかり忘れてしまっていたようだけれど――記憶にはちゃんと、その強烈なインパクトが残っていたようである。


 思い返せば宮はあの時、本当に夢の世界に飛び込んでしまったかのような目の輝き様をしていた――誰であろうと目を釘付けにしてしまう魔法の業の如き、文字通りの妖艶さを誇るツーの造形に深く魅了されていた宮のことだ。一目見ただけでその時の感動を再来させてしまっても何も不思議ではない。


 事実、宮はツーの姿をはっきり認めるや否や、


 「そうだよね、やっぱりそうだよね! うわぁ、あの時も思ったけど、改めて見ると本当に綺麗……スゴい……お人形さんみたい……ぁぁ、どうしよ、綺麗スギるよ、美しスギるよ、わああぁ、ヤバい、あわわわわ、うわ、ヤバ、どうしよ、マジか、どうかしちゃいそう」


 「落ち着け」


 危険度MAXな状況にいる少女の身を案じるのも忘れてしまうほどヤバかったらしい。その衝撃のあまり発狂しそうな具合だったのでギリギリのところで止めてやる。


 「うひょっ、」


 肩を叩くと宮は飛び上がり、


 「あっ、江戸君か、ごめんっ。つい我を失いそうになっちゃってた」


 「尊いお前という存在はもう失われてたよ」


 「……?」


 俺の中の宮のイメージはどんどん得体の知れない変貌を開始していたけれど、あえて追及はしないでおく。


 正気を取り戻したらしい宮は、しかしまだ興奮が収まらない様子だった。


 「えっとね、江戸君、この子、ほら、前に江戸君と会った時に話した――って、あれ?」


 急にはっとしたように喋るのを止めたかと思えば、俺と荒川、ツーの顔を反射神経ゲームのように順に見回す。続けて懸命に頭を巡らせた彼女は、最後に呆然となり、


 「んん? みんないるんだね、って……もしかしもしかして、江戸君とリンちゃん、この子と知り合いなの?」


 ご名答。


 「まあ、そんな感じだな」


 「えええっ。マジかよ!」


 「お前、マジかよとか言うキャラだったっけ?」


 「えっ……ハッ」


 セリフ通りはっとなった宮は、赤色スプレーを顔面に吹き付けたように赤くなると、そのままプルプル震えながら地面に沈んでいった。


 しばらく再起不能そうだったので一旦放っておくことにし、ふと俺はもう一人の反応が気になって荒川の方を見てみ――たつもりだったのだけれど。


 正確には荒川がに顔を向ける形となっていた。と、言うのもこちらはこちらで予想を超える動きを見せたんだ――荒川はツーとは反対側、柵側を向いていた俺の後ろに位置する形だったのだけれど、俺が振り返るのとほぼ同時に彼女は行動開始し、俺の視界を高速物体のように横切ってツーの方へ。蹲る宮をも通り越すとそのまま柵の外側へ向かってジャンプ――もちろん自転車に乗ったまま――見方によっては海へ飛び込もうとしてる風だったに違いない――そしてスタっと、極めて無駄のない動作で、柵の上に着地した。


 相変わらず器用に自転車を操ってツーと向かい合わせになり、ツーはわずか一本しかない進路を塞がれた形となる。普通に立つことすら常人には難しそうな柵の上で自転車に乗ったままの人間が二人(片方はもしかしたら妖精、少なくとも自称妖精)、今にもバトル開始しそうな感じで静止状態。


 人類史上最高にエキサイティングな光景だったと、俺は断言できる。

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