序ー2.


 と、そんな妄想を巡らす日曜の朝。

 

 休日のこんな朝早くから誰も外出なんてしねーよフザけんな死ねって時間帯に、あろうことは俺は一人の少女と近所の砂浜沿いの道をランニングしていた。

 

 一人の少女――とは言っても別に何の特別な存在でもない。彼女は妹だった。中学生の妹だった。妹のミヅキ。身長およそ俺の頭二つ分くらい小、体重軽そう、スリーサイズとりあえず全体的に細い。簡単に紹介するならそんな感じの、普通に我が愛すべき妹だった。


 俺がこうして日曜の朝だと言うのに彼女と近所のランニングという名の肉体労働に従事しているのは別にそんな大した理由でもない。これが毎週のルーチンだからだ。ルーチンと言うと俺が自ら積極的に健康的身体的活動に勤しんでいるように聞こえるけど、実際にはミヅキに強制的に連れ出されているだけで、


 「エドっち、太ったらマジで怒るよ」


 という彼女の口癖とも言えるセリフが、彼女がこうも兄を頑なに連れ出そうとする理由、そして俺が不承不承にも言うことを聞いてやっている理由をいっぺんに物語っている。


 俺の妹であるところのミヅキを一言で言い表すのなら、『健康的』の一言に尽きるだろう。彼女はとにかく不健康を嫌う。健康的な生活を体現しているかのような体躯の持ち主は、トラウマでもあるのかと思うくらい、食事にしろ体型にしろ生活そのものにしろ、健康的でないことを極端に忌避する。

 

 ジャンクフードはカップ麺からファストフードまで全部ダメ、男女問わず太ってる奴はキモイ、二十四時間三百六十五日早寝早起きは当たり前。そんな彼女は、さすがに俺の食生活や就寝時間までコントロールしてこようとはしないけれど(ていうかそこまで指図されたらさすがにこちらが怒る)、それが兄妹でいることの最低条件とでもいうかのような気迫で、俺が不健康な体型になることを許さない。断じて禁じられている。


 つまりまあ、ミヅキが俺に日々ランニングやら筋トレを強要してくる理由がそんな感じで――俺がそれに渋々従う理由は簡単、怒られたくないからだ。女子中学生と言えど高校生の兄よりも遥かに高い運動神経及び腕力を持つ彼女は、正直怒るとかなり怖い。詳しい言及は避けるが俺は過去の諸々の経験により妹と喧嘩することは絶対に避けるということを家庭内における第一の規律としているため、まあそんなわけでミヅキの反感を買うような真似はあまりしたくないんだ。


 ただえさえ、入学したての高校でもう一人、隙あらば俺を殺しかねないような奴に出会っちまったことだしな。


 ――そう考えてみれば、あの女子とこの妹はどこか似通ってる部分がある気がする。男勝りな性格で気分屋、スポーツ好きでキレやすい。細身含めて外見がそれなりに優れているってトコもそうだし、あとは――


 「へいパス!」


 前を走っていたミヅキは何の前触れもなく振り返り。ずっと蹴り転がしていたサッカーボールを俺に向かって足で放ってきた。


 本気の蹴りではないからスピードこそ速くないものの、走りをストップして即座のターン、そして間髪入れないインフロントキックという一連の流れからのボールはプロ選手をも思わせる正確な軌道を描き、俺の顔面に直撃する。


 「うぐほっ」


 衝撃による視界不良で俺は急遽ランニング中止。不意だったこともありもろに脳にダメージを受け、その場に倒れ伏すを余儀なくされる。


 「ブフッ」


 これはミヅキが吹き出す音。実の兄を負傷させておきながらそれをおかしそうに眺めるという血も涙もない――少なくとも自分と同じ血が通っているとは思えない我が妹は、俺の隣の席のクラスメイトが病気なんじゃないかと思うくらい自転車好きなのと同じように、なのであった。


 学校のクラブにも所属する彼女は噂じゃ全国トップレベル。しょっちゅう色んな所へ試合に行ったりしている。妹の試合の応援なんてことはあまりしないので実際にプレーしているところは見たことは少ないのだけれど、まあとにかくけっこうスゴいらしい。


 そんな彼女はコートの中だけじゃ飽き足らず、よく街中までをも自らの遊び場としている。出かける時にはしょっちゅうサッカーボールを持ち出し、歩きながらドリブルしたりリフティングしたり、名前が気になってしまう奇妙な技を街中でいきなり道のど真ん中で繰り出したりしている。

 

 言うなればストリートサッカーってやつだ。それも素人目に見てもかなり上手い――というかどうやったらそこまで自在にボールを操れるのかと疑問符が肥大化するあまり脳の容量を超えて思考を断念せざるを得ないくらい正直気持ち悪い。おそらくこの街でトップレベルの身体能力に付随する特技及び趣味がそれなわけで――つまりはそんなスポーツ万能女子の兄が俺というわけであった。


 「ブッフフ、グフ、アハ、ハ、ハ……キャハハハッッ」


 腹を抱えて笑い出すミヅキ。兄妹が二人、道のど真ん中で、それぞれ違う理由で蹲ってしばらく動けないという光景が、眩しくなってきた朝日の下で今朝の砂浜には広がっていた。

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