自転車女子列伝2 ~荒川輪子は自転車を語る~

江戸ミヅキ

自転車女子列伝2

序章.ミヅキ

序-1.

 ◆

 

 少女は砂浜を走っていた。

 

 朝日が昇ったばかりの空の下、振り乱される紅の髪は海上に揺れる炎の如く。

 

 夜の間に穢れを落とした空気は澄み渡り、眩い水面が視界を彩る。彼女はひたすら前だけを見つめ、走り続ける。

 

 まだ眠りの覚めない街。瞼を開いたばかりの景色。ただただ前のみを見続ける。

とにかく前へ。少しでも前へ。彼女は懸命に進んでゆく。


 白く細い脚はしかし力強く地を蹴っている。その勢いたるや、まるで強靭な鉄のばねの仕業のように。

 

 朝はまだ早く。彼女の姿を目にする者の数は少ない。しかし彼女は走る――走り続ける。前だけを見て。他の人間の姿なんて目に映っていないかのように、走り続ける。美しく、朝日の下で舞い続ける。


 紅の髪が風を泳ぐ。長く伸ばされた髪が、空に流れる。ひらりひらりと赤髪がなびく――


 それはさながら、空に向かって力強く燃える炎のようだった。それは、命の炎――空中で、水の上で、孤高に燃え続ける炎。ただ独り、闘い続ける。四面楚歌、力尽きるまで、闘志を燃やし続ける。

 

 彼女は孤独に闘う戦士だった。味方はいない。助けは来ない。それでも、走り続ける。命の続く限り、進むのを止めない。魂が果てるまで、走る。走り続ける。

 

 日が昇る――街が起き出す。人々が活動を始める。雑踏が空気を震わす。独り舞台は終焉を告げる。


 壁が立ちはだかり。高すぎる壁――独りでは乗り越えることのできない。


 それでも諦めない。どんな困難に直面しようと、彼女は足を止めない。絶対に、前へ行く――突き進む。邪魔は許さない。強行突破――いつもそうして、彼女は生きてきた。走ってきた。

 

 今日も彼女は走る。景色を紅で彩る。美麗な一瞬を、そこに残していく――ただ独り、走り続ける。前へ向かって、前だけを見て。

 

 彼女は何故足を止めないのか。彼女が何処へ向かおうとしてるのか。

 

 それは、誰も知らない。彼女しか知らない。何を思い、彼女は独り走り続けるのかのか――それは、まだ誰も知らないのだった。

 

 彼女の背中は、今日もまた遠ざかっていく――。

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