我、修行するその1
つい先日、我は再び魔王になることを決意した。そして今日、我はそのための行動を開始する。
現在、我が横になっている揺りかごの周囲には誰もいない。
ガランは村の警備。アイリーンは庭で洗濯物を干している。
ところで、魔王になるために必要なものは何だろうか? 答えは力だ。少なくとも、前世と同等の力を手に入れなくては、配下の魔物たちを守ることはできないだろう。
というわけで、我は今から魔王になるための修行を始める。
「あうう……」
手足に力を込める。多少は動くが、立って歩くといったことは無理なようだ。無理もない、生まれて一年足らずの赤ん坊なのだから。
……もしかしたら、まともに立って歩けるようになるまで身体を鍛えるのはやめた方がいいかもしれない。
今無理に鍛えても、通常より早く立てるようになるくらいだろう。それなら、別のことに時間を費やした方がいい。
そんなわけで身体を鍛えるのはひとまず先送り。
そうなると、鍛えられるのは魔力だけ。
まず我は自身の内側に意識を集中させる。こうすることによって我は現在の自分の魔力を感じ取ることができるのだ。
しばらくすると、自分の中で何か熱いもの――魔力を感じた。
よし!
この姿になって初めて感じた魔力に、思わず心の中でガッツポーズをする。
しかし、次の瞬間には落胆してしまった。
――魔力が少ない!
それも圧倒的に。赤ん坊としてはなかなかのものではあるが、前世の我と比べると、十分の一もない。
魔力は年を経ることで上がっていくものだ。我がかつて莫大な魔力を持っていたのも、五百年という歳月の賜物である。
だが、現在人の身である我に五百年という長い時間を生き抜くだけの寿命はない。
となると、何かしらの裏技を使って無理矢理にでも魔力量を上げるしかない。
魔力量の底上げは、古今東西様々な
しかし、今は違う。今の我は生後半年の赤子なのだ。
昔、人間の魔力量底上げに関する研究を読んだことがある。
そこには、本来なら長い歳月と共に増えていく魔力量だが、生後三年の間は魔力を枯渇するまで使いきり、そこから回復すると魔力量が何倍にも膨れ上がるということが記されていた。
生後三年間は人間の魔力量が最も伸びる魔力成長期というのが理由らしい。
これを知った当時、我はすでに三百歳を越えていたため、利用できなかった。
そもそも魔力、ひいては魔法を使うにはそれなりの鍛練が必要だ。。当然、魔力も魔法も扱えない赤子にこの方法は利用できない。
そのため人間も実用性皆無この研究を破棄したが、今から我が有効活用してやろう。
我は早速魔法を使うことにする。
今回使うのは簡単な水魔法【ウォーター】だ。
「ううう……」
魔法には詠唱と魔法名を口にする必要がある。当然のことだが、現在赤子である我には両方とも不可能だ。
詠唱は魔力のコントロールのため、魔法名は魔法を具体的にイメージするためのもの。
どちらか片方が欠けると、魔法は暴走の危険性が跳ね上がる。稀に巧みな魔力コントロールで詠唱を省略し、魔法名のみで魔法を発動するものもいるが、我はその程度には収まらない。
我は詠唱も魔法名もなしで魔法を使えるのだ。これは人間の中では最高クラスの魔法師であるアイリーンにもできない、我だけの力だ。
その証拠に、現在我の眼前には、小さな水球が浮いている。我の目の動きに合わせて右へ左へと忙しなく移動している。
発動だけに止まらず、維持と移動。通常よりは魔力を消費しているが、それでも簡単な水魔法の【ウォーター】。魔力消費量は雀の涙ほど。
魔力を枯渇させるのが目的なので、本来ならもっと魔力消費の激しい魔法を使うべきなのだろうが、そんなものを使えば庭にいるアイリーンに気付かれてしまう。
結局我はその日、【ウォーター】の他にいくつか簡単な魔法を使い、魔力を綺麗に使いきるのだった。
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