今後について
我が自身の現状を認識してから、更に半年ほどの時が過ぎた。
半年もあれば赤ん坊としての生活にも慣れ、余裕も生まれてくる。
そうなると色々なことを考えてしまう。その中でも特に重要なのは、我の今後の身の振り方だ。
元は魔王である我も、今では人間。
我の現在の両親であるガランとアイリーンは、前世の我の仇ではあるが、恨みや復讐心といった感情は不思議と湧いてこない。
かつての我ならば、復讐心の赴くままに勇者とその仲間を殺しにかかっていただろうが、人間として生まれ変わってからはそういった荒々しい感情は起こらない。人間に転生した影響なのかもしれないが、割りと悪い気はしない。
そのため、二人に復讐しようという考えは少し前に捨てた。
だからといって人間として生きるのかと聞かれれば、我は否定する。
一度死んだ身とはいえ、我は誇り高き魔物の長――魔王なのだ。今更誇りを捨ててのうのうと生きるなど、そんな愚かな真似ができるはずもない。
「あら、どうしたのアルマ? 今日は静かね?」
などと考え事をしていると、アイリーンが揺りかごの中の我を覗き込んでくる。
恐らく、泣き声一つ上げない我に不安を覚えたのだろう。普段の我は怪しまれないよう、適度に赤ん坊らしく泣きじゃくったりしている。
「おぎゃああああ!」
「あらあら、お腹が空いたのね」
アイリーンが我に乳房を押し付けてくる。我はそれを押し退けることなく受け入れる。
「アルマはアイリーンの乳を美味しそうに飲むなあ」
いつの間にやら、我の食事の一時をガランが楽しげな表情で観察していた。
「帰ってたのねガラン」
「おう、ついさっきな……」
「何かあったの?」
普段に比べると些か険しい表情のガラン。それに気付いたアイリーンは、我を揺りかごに寝かせながらガランに訊ねる。
「魔王軍が壊滅したらしい」
「ぎゃあ!?」
「どうしたのアルマ? お漏らししちゃったのかしら?」
いきなり奇声を上げた我にアイリーンは慌てた様子を見せるが、こちらはそれどころではない。
魔王軍が壊滅!? どういうことだ!?
「それで魔王軍が壊滅ってどういうことなの?」
アイリーンは手際よく我のオムツを替えながらも、視線はガランの方に向いている。アイリーンにとっても魔王軍壊滅は聞き逃せない話ということだろう。
「確かに魔王は五年前に私たちが倒したわ。でも、その配下の七大魔公爵はまだ三体しか討伐の報告は上がってないはずでしょ?」
「ああその通りだ。だからこそ魔王討伐後も、国王陛下はその残党を倒すことに多額の資金を注いでいたわけだが、国の財政が厳しくなり、大臣たちからも残党狩りを打ち切りにしてほしいと懇願されたらしい」
「なるほどね。それで残党狩り打ち切りの名目として魔王軍は壊滅したってことになったわけね」
「そういうことだ」
なるほど、つまり人間側が財政難に陥ったため、魔王軍が壊滅したことにしてこれ以上の出費を抑えるということか。
しかし七大魔公爵が三人も倒されていたとは……我が魔王だった時点ですでに一人やられていたことを考えると、あとの二人は我の死後に倒されたのだろう。
我の死に原因があることを考えると、胸が痛む。
「まあ、最近は魔物もあまり派手な動きは見せてないし、悪い話でもないだろ」
「そうね。放っておいても魔物は冒険者の人たちが倒してくれるでしょうし」
……マズいな。このままでは、魔物は絶滅するまではいかないだろうが、激減してしまうだろう。
今は人間の我だが、それでも元同族が死に行くのをただ見ているだけというのは歯痒いものだ。
我にも何かできることはないだろうか?
「でも、もし新たな魔王が現れでもしたらどうしようかしら?」
「大丈夫だ。そうなったらまた俺が倒せばいい。もし俺がダメだったとしても――この子がいる」
「……そうね」
ガランの大きな手が我の頭を力強く撫でる。
普段の我なら泣きじゃくってやめさせるところだが、今は甘んじて受けよう。なぜなら、ガランの一言が我を一つの名案へと至らせてくれたのだから。
――我が再び魔王になればいいのだ。
元魔王の我がもう一度魔王として君臨する。そうすれば、配下の魔物たちを守ることができる。完璧だ、完璧じゃないか!
「あら、今日は随分とご機嫌ね、アルマ」
「どれどれ……おお、本当だ! パパの撫で撫でがそんなに良かったのか?」
「きゃはははは!」
こうして我は、第二の人生の歩み方を決めたのだった。
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