我、勇者の息子になる
「パパでちゅよお」
目を覚ました我が最初に見たのは、気色の悪い言葉と共に頬擦りをしてくる男の顔だった。
「やあ!」
やめろ! と言ったつもりなのに、口から出たのは言葉にならない声のみ。どうなっている?
「うお!? どうしたアルマ? パパの頬擦りは嫌なのか?」
嫌に決まってるだろ! 何が悲しくて、魔王である我が人間の男に頬擦りをされなければならないのだ!
「もう、何してるのあなた? アルマが嫌がってるじゃない」
そこで一人の女が男を押し退けて我の前に現れる。
「ごめんねえ、アルマ。パパの頬擦り嫌だったわよねえ」
女は甘い声と共に我を抱き上げると、子守唄を歌い始めた。
「あう……」
穏やかな眠気が我を襲う。抗おうとしたが、襲いかかる睡魔に勝つことはできず、我は眠りにつくのだった。
その後数日が経過し、我の身に何が起こったのかを理解した。
信じられないことに、我は人間の赤ん坊に転生してしまったらしい。
しかも、ただの人間ではない。我のことをアルマと呼ぶこの両親、驚くべきことに父親は我を殺した勇者のガラン。母親は勇者と共に我と戦った
今のところ二人は我の正体に気付いてない。
「ほら、アルマ。お乳の時間よ」
なのでこうして、普通の赤ん坊として世話をされている。
「あうううう!」
押し付けられる乳房。しかし、我はそれを拒絶する。
我は元とはいえ魔王。乳からミルクを吸うなど、そんな牛のような真似ができるか!
「あら? お腹は空いてないのかしら?」
「あ、あうう……」
しかし、そんな我の思いとは裏腹に、身体はアイリーンのミルクを求めて乳房にむしゃぶりついてしまう。
「ふふふ、アルマは美味しそうお乳を飲むわね」
屈辱だ。こんな牛のような真似をして、あまつさえミルクを美味しいと感じてしまう自分が恨めしい。
「ただいま、アイリーン、アルマ!」
勢いよく家のドア開かれる。ガランが帰って来たのだ。
「おかえりなさい。あなた」
アイリーンは帰って来たガランの元へ近づくと、抱いていた我を渡す。
恐らく、今から夕飯の準備にかかるのだろう。その間、我の面倒はガランが見ることになっている。
我はこの時間が一番嫌いだ。別にガランは魔王だった時の我にトドメを刺した、憎き仇敵だからというわけではない。
理由は別にある。それは、
「ほら、パパでちゅよお! チューしてあげましゅよお!」
これである。この男、我を独占できる時間帯になると、頬に何度もキスをしてくるのだ。
「うぎゃああああ!」
全力で抵抗を試みるが、所詮は赤子の力。弱々しく腕を振るのが精一杯だ。
「そうかそうか、そんなに嬉しいか! ならもっとしてやるぞ!」
更にキスを繰り返すガラン。
こいつ、我がこんなにも嫌がってるというのに一向にやめる気配がない。
今更な話だが、こんな男に倒されたことを考えると、我はとても恥ずかしい気持ちになる。
その後も我は、アイリーンが夕飯を作り終えるまでの間、ガランのキス地獄を受け続けるのであった。
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