5.11 与えられたもの

 トゥエンは自宅の鍛冶場の、火床のすわりこんでみた。王宮からかえってくるあいだに心の整理をしたつもりだったのだが、まだ動揺がおさまっていなかった。シモフが対獣人部隊の隊長だということ。シモフの獣人への考え方からすればどこにもおかしなところはないものの、トゥエンと対立する道を選んだことが、グサッときていた。



 しかし、シモフが隊長となるようシモフの父親が訴えたというのが気になるところだった。シモフの実力ならここの小隊長のみならず、近いうちにどこかの町の駐在所所長になれるものだが、わざわざあたらしく設けられた実績のない部隊に席をあたえてしまった。もっとふさわしい場所があるだろうに。



 考えごとは婦人からのご用命をこなしている間もつづいた。包丁の切れが悪いから見てもらいたいということでトゥエンのもとを訪れてきた。刃をみれば研がれながらも長く使われていたようで、とても薄くなってしまっていた。すでに寿命である、主婦を奥のテーブルに待たせて新しいものをることにしたのだった。



 いつもだったら何かを鍛えている間は無心になれるものだった。だがこのときはできなかった。地金を鍛えて形をととのえ、刃となるところに鋼をかさねて一体化させている間も、頭のなかをぐるぐるまわっていた。シモフがなぜ対獣人部隊隊長という肩書を背負わされることとなったか。火床の熱が蒸発させることもなく、汗と一緒に流れでてゆくこともなかった。



 焼きいれをして、焼きもどしの準備をしている間に、考えが半歩ほど進んだ。シモフを隊長にさせたのは彼の父親によるところが大きい。だとしたら、アルバーニ家、すくなくともシモフの父は対獣人部隊に影響力をもとうとしたのではないか? 獣人に対する行動のためにられた隊であることから、アルバーニは獣人に執着しなければならない理由があったのかもしれなかった。



 適温まで熱した鉄を、適温まで熱した油――小さい鍋に油はうつしてある――に落とした瞬間、トゥエンの頭の中につめこまれてきた手がかりがつながった。服につけられた飾りのボタンと、獣人が。獣人による襲撃をアルバーニの一族が鎮める必要があった、との仮定だ。イーレイに任じたことがうまくいかないのにしびれを切らし、みずから組織をつぶさなければならなくなったのだろう。そのため直接獣人組織と接触し、情報を集めた。崩壊の機会を探った。あくまでアルバーニ家がうしろでひもをひっぱっているとしたら、の話である。



 まだ答えが見つからない謎もある。最終的に黒幕は何をしたいのか。愚かな襲撃において先導した人物はだれなのか。線はかなりつながってはいるものの、あと一歩及んでいなかった。



 しかし、襲撃のあったさいに酒場をおとずれた『ボタンのついた服』とかかわりがあるとすれば、あの襲撃はアルバーニ家が企てたものだと考えられなくもない。そうすると、襲撃を企てたアルバーニ家と、襲撃に加わっていた獣人たちを制圧するための部隊に人を送り込んだアルバーニ家、この構造がうまれるのだ。



 これは自作自演ではないか? あらかじめおそうように仕向け、その情報を部隊に伝えたうえで、襲撃を鎮める。そうすれば――



 まさか、とおもいながらトゥエンは火床の炎をけす作業に入った。だがこれはアルバーニ家がかかわっているとしたらの仮定に基づくものだ。さすれば、貴族の争いでよくあるもの、権力争いだということとなる。ねらっているものは、王位。迅速に対処できれば国王からほめられることだろう。あの獣人を目の敵にする男ならなおさらである。『人間が獣人よりも優位であることを証明した、大義であった』なんて言うのがすぐ頭に浮かんだ。その隙を刺せばよい。



 トゥエンは油の上に手をかざして温度をたしかめた。油に手をつっこんで包丁を取りだし、刃を研ぐ。



 しかしそうだとしても、実際襲撃のときにはシモフたちがやってくるのはおそかった。シモフが予め知っていたとしたら、かなり。どう説明づけられるのかを思案してみるものの、どの目からもゆきづまってしまう。襲撃を導いたのがシモフだとしても、あの声はシモフのものではなかった。



 いちばん気になって仕方がないのは、国王と謁見するための機会をなぜシモフはつぶしたのか、ということだった。トゥエンよりもすばやくくることも、いや、彼らを待ち伏せすることもできたはずだった。むしろ、シモフはしなければならなかった。シモフであればトゥエンが関わってくることを見抜くことができたろう、『トゥエンが来る前に』となれば待ち伏せしか方法はないのだ。だが、トゥエンを取りのぞこうとはしなかった。なぜ隙を見せた?



 婦人にできあがった包丁を手渡し、テルジャ銅貨三十枚を受け取った。婦人を見送ったあとに空を見上げれば、すっかり茜色に染まっていた。もうじきリーシャへ会いにゆく時間だ。ではさっそく、と急ぐ考えもあったが、まずは仮定だらけの考えごとにまだ浸っていたかった。結論を欲していたのもあるが、仮定したところに、できるだけ多くの、ちゃんとしたカケラをあてはめたいのだ。

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