5.12 仮説たてる

 トゥエンの頭からは湯気がでるほどだった。仮定を別の確かなものとすることはできなかった。あらゆる立場にたってさぐってみたものの、発見はなかった。それどころか、仮定したアルバーニ家以外に全ての穴をくぐりぬけるものがないのではないだろうかと思いはじめていた。シモフを疑いたくはない。しかし、疑うほかなかった。



 トゥエンの前でリーシャがハチミツ酒をそそいだ。話によると朝はやくに届けられたそうだ。エルボーの情勢はかなり悪いとのことで、人の目をさけてやってきたのだという。もはや情勢悪化というよりも征服されたというべきところまできているらしかった。街の一角が取り壊されて、館をたてるらしいという知らせが入っていると。



 命からがら運ばれてきた酒を片手に、トゥエンは肩によりかかるリーシャの温かさを感じとっていた。



「どうしたの? いつもだったらトゥエンくんから何かしら話しはじめるのに」



「頭が痛くなるぐらいに考えごとをしたんだ。だから、ちょっと疲れて」



「考えごとでつかれるなんて。そんなことあるんだ」



「オレにとって人生最大の難問だよ」



「どんなのか教えてくれる?」



「最近の動向の黒幕」



「ねえ、答えはでたの?」



「いまのところは仮定ばかりで本当の答えとはいえない。でも、仮定でかためた答えは、オレが信じたくない答え」



 トゥエンはちょびっとだけハチミツ酒を口に含んだ。唇をぬらす水気がろうそくの炎にキラキラと輝いていた。となりからカウンターにグラスをおく音が聞こえた。トゥエンが目をむければ、刹那グラスに目がゆくものの、すぐ産毛で覆われた耳に見入った。



 リーシャと目があった。



「私に何かできることはない?」



「何かって?」



「とぼけないで。その答えで必要なことで何か。たとえ『もしかして』だらけの答えでも、ありえないことでもないんでしょ? ならそれに備えないと」



「備えるっていっても、お願いごととしてはかなりムリがあるんだ」



「教えて」



「人を集めて。できれば武器の扱いがわかる人。この先部隊が必要になるかもしれない」



 リーシャの眉に緊張が走ったのがトゥエンにはすぐわかった。ピクンと飛び跳ねる眉。リーシャは戦わないで人間との平等を勝ち取ろうと考えているのだから、信じられない言葉だったのだろう。



 リーシャは視線を外してグラスの酒を三分の一ほどぐっと飲み干した。グラスをおいたときの音が普段よりもわずかながら大きい気がした。



「答えを聞かないとやっぱり納得できないや。教えて、トゥエンがいきついた答え」



「獣人と人間との差別関係を利用した、貴族の醜いたくらみだよ。獣人の蜂起を鎮圧して、ほうびをもらう。ほうびは国王から直接渡されるもの。その席をねらって、国王を殺す。国王の王位継承権をもつのはオレ、でもオレは放棄した。となれば」



「殺した人が国王に?」



「もっといい方法がある。血のつながった人にやらせればいいんだ。直接手にかけて国王になるよりかは、『自分の血族が悪いことをしてしまったから自分が国をより繁栄させて汚名を返上する』なんて苦しい言い訳がきくようになる」



「国民の反発は?」



「そんなの関係ないさ。国王の言葉は絶対、拒否する人は処刑するなり牢獄につめこむなり自由だよ。それよりも貴族同士の反発だな。ハプスブーグ家に味方する貴族からすれば、その行いは戦争してもいいくらい」



 リーシャの表情がどんどんかたくなってゆくのをトゥエンは目の当たりにした。唇がこわばって、まばたきをする回数がおおくなった。



「貴族どもの争いになったら、獣人も兵士にされる」



「おおいにありうる。もしそんなことが起きたら平等なんていってられなくなる」



「絶対に避けなきゃ。分かった、やってみる」



「でもリーシャが部隊をろうとすれば、組織がくずれるかも」



「きっと説明すれば納得してくれるよ。今日はまわりの街から代表が来るんだ」



「じゃあオレは帰ったほうがいいね」



「いや、もしものときにはトゥエンに話してほしいの。だから、そのときが来るまではクレシアの面倒を見ていてくれない?」



 リーシャはグラスの酒を三度に分けて飲みきった。トゥエンもリーシャをおってグラスを空にした。クレシアにはできるだけトゥエンがつく訓練をさせなければならなかった。もしものことがあってもやりあえるまでの力を、できるだけはやく、いますぐにでもつけさせなければならないのだから。コトが起きるのはいつか分からない。さいが投げられれば、クレシアも戦わなければならなくなる。狂った空気のなか、クレシアが冷静にことをはこべるとは信じたいものの、訓練不足はいなめなかった。



 背後から鈴の音がなった。振りかえれば、つばの広い帽子をかぶる紳士が立っていた。帽子と頭の間に布をかませてあるようで、両耳はかくされていた。隣でたちあがったリーシャが、きたか、と声にしたのを耳にして、その男が代表だと知った。

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