5.10 父
訓練のあと、ついでに国王の部屋をたずねた。もしかしたら、貴族が関係あるとしたら、何かしらかぎつけているかもしれなかった。国王にも貴族のつきあいはあるのだ、何かしら収穫はあるとトゥエンはふんでいた。たとえムダな情報であっても。
ギトギトした内装のなかで、ヤツはギラギラと目にわるい飾りのついたイスに腰を下ろしていた。本当ならすぐにでも毒を吐きかけたいところだが、ぐっと耐えて国王の前に仁王立ちした。
「トゥエン、どうした」
「いろいろと聞きたい。最近貴族と話したりしたか?」
「そりゃあ話しはするが、お前は何を考えてるんだ」
「何か気になることは? どんなささいなことでも。いっそのことどんなことを話したかでもいい」
「何をそう必死になってるんだ、どういうつもりなのかさっぱりわからないぞ」
「頼む親父! 大事なことなんだ!」
国王の目つきがとたんに変わった。まぶたがわずかながらピクリとうごき、トゥエンに強い視線を送ってきていた。口が少し開いていて、黄色い歯がのぞいていた。顔のうち、開けられるところはすべて開いていた。
対するトゥエンはますます国王を睨みつけるような目つきになった。じつのところ、国王の顔はトゥエンが見たことのないような表情をしていてとまどいを感じたのだった。とはいえ自身の表情にとまどいを表してしまうのは、国王に負けたような気になるのでイヤだった。だからなかばおどすような恰好となっていた。
国王が、親父とよんだのははじめてだな、と言葉した。今度は笑みをこぼした。
「トゥエンに何があるのかは知らないが、最近はアルバーニ家のジジイがよくくる。たしか騎士団の上級士官をしている」
「アルファグ・ラグ・アルバーニ中央師団次官」
「そうだ。この前なんか対獣人のための部隊の隊長を、わしが推したヤツではなく自分の息子にしてくれってわざわざ直談判しに来た。お前の親友だろう? 昔から顔を知っているし、免許皆伝だからそのように取り計らったのだが」
「まて、シモフが対獣人部隊の隊長だと」
「なんだ、お前は聞いてなかったのか。隊長になるのだから階級があがって、制服もかわったろうに」
「単に昇進したと思ってたけれど、そんなことが」
トゥエンにとって重く受けとめなければならないのはシモフが隊長であることではなかった。シモフが隊長をする対獣人部隊、このくくりだった。おそらく獣人の暴動などを押さえこむためのものか、あるいは、考えたくないことだが、獣人を秘密裏に捕まえたり迫害するための秘密警察の役割をもつものか。恐ろしいことに、その部隊の責任者がシモフだというのだ。
トゥエンはなんとか表情を押さえながら考えようとしているものの、顔には驚きがじわじわと滲んでいた。意見として立場を異とすることはあっても、敵対関係となることは今までなかった。気づかぬうちに関係ができあがっていて、国王のごく自然な会話の流れのなかでトゥエンが知ることとなった――大きな衝撃である。騎士としてふさわしくあるよう訓練は受けていても、血のつながりがある人からの言葉には驚かざるをえなかった。
「対獣人部隊というのは」
「獣人を黙らせる部隊、といえばよかろう」
「獣人を無差別に捕まえるつもりなのか?」
「獣人部隊の権限は全て部隊長にゆだねてある。お前の親友がどう判断するかだ」
「暴動が起きたばかりだから聞こえはいいが、いずれ国公認の獣人迫害部隊になるかもしれない」
「獣人がいなくなるならよいじゃないか」
国王の言葉にトゥエンは火床ぐらいに怒りで燃えあがったが、熱をぶつければ話が終わってしまうのは目にみえていた。まだ聞かなければならないことはある、ここで台無しにするのは避けなければならなかった。
「最後に、これから会う予定の貴族はいるのか?」
「南方に領地を持つ貴族が今日じゅうにくる。あとは、明日にはアルバーニのジジイと騎士団の運用を、あとジジイが出向したあとの師団次官をだれにするか話し合う予定だ」
「次官と? 時間は」
「あっちの都合でかなり遅いとは聞いている。あのジジイのことだ、かなり遅いってことは都が寝静まって、いよいよ空気が凍りはじめるといったころだろう。夜があけるまで話し合いだ」
必要なことはすべて頭にいれた。トゥエンはいよいよデブたれ国王をぶん殴ろうと間合いをつめた。そうか、といいながらこぶしを構えたところで、扉を叩く音がした。足音にふりかえれば、騎士団員がひざまずいて貴族が来たことを伝えた。
「獣人は人間とかわらない。差別したって、過ちをくりかえすだけだ。それを利用した醜い争いが起きるだけだ」
舌打ちをしたトゥエンはデブの耳もとに言葉を突き刺し、その場から立ち去った。
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