5.4 あがなう

 リーシャに手をにぎりしめられて、ずっと考えにふけっていたことに気づいた。たちまち世界に色がもどっていって、真新しいろうそくの炎が光り輝いていた。ふりかえればリーシャの血色のよい顔と、となりでクレシアのまぶたが開いたり閉じたりをくりかえしていた。



 トゥエンはクレシアと視線の高さをそろえ、クレシアに声をかけた。緊張が解けたからなのか、声をかけても目をぱっちりと開けることはせず、ぼんやりとした調子で、どうしましたか、とささやきかけるような声だった。クレシアの武器を手渡し、明日から訓練をはじめることを、酒場に出向くのでここで待っていてほしい、と伝えた。クレシアはすると腰をおこして、でしたらもう寝ないと、とつぶやいて、店をあとにした。



 ふたりきりになったところで、トゥエンはクレシアのいたところに座った。イスはまだぬくかった。



「トゥエンくん、じつは、トゥエンくんがでていって、クレシアがわたしの部屋にやってきてすこししてからなんだけれど、フードをかぶった男がきたの」



「情報はあげた?」



「いいや、情報らしい情報もないからいわなかった」



「ならそのとき、その男はどんな恰好だったのか教えて」



「トゥエンくんがいま着てるようなオスェンだったよ。でも、ボタンがついてて、すごくたかそうだった」



「いつもそんな服装で?」



「いつもはもっと地味な服装なんだけど、今日はなんか豪華だったよ」



 これで今日、リーシャとイーレイが見た人物の服装が同じであることがわかった。ボタンのついたオスェンのような服――騎士服とオスェンはかなり似ている――を、トゥエンもみたおぼえがあった。ただしそれは、大きなボタンのついた騎士服だった。



「ほかに何かなかった?」



「ええと、やっぱりフードはふかくかぶってたし、剣はさげてたけれど」



「紋章がついてるとかなかった?」



「そこまでおぼえてないよ。斬撃剣なのはたしかだとは思うけれど」



「刺突剣ならよかったんだけどな」



「かなり絞られるだろうしねエ」



 トゥエンは相手をはやく見つけたいわけではなかった。リーシャが見た鞘の形が斬撃剣ではなく刺突剣であれば、裏で手をひく黒幕の候補者として、シモフがはずれるのだ。怪しみたくなかったが、あらゆる人物を怪しまなければならない。



 だがシモフがそんなことをする理由が見つからない。情報が入るのは彼にとってよいことだが、組織が内側からこわれてゆくことには全く関係ないところにいる。こわれてくれれば彼の仕事が楽になるどころか、むしろ活動がはげしくなって面倒だ。関係者と接触するような危険をおかすなら、真っ向からたちむかったほうが安全である。



 リーシャがトゥエンの肩によりかかった。頭はトゥエンの耳をめがけて傾いていた。リーシャのにおいがトゥエンのまわりにただよってきて、トゥエンのピリピリしたきもちがとかされていった。



 トゥエンは腕をリーシャの腰にまわした。



「リーシャ、早いところぜんぶ終わらせような。それで、いっしょにどこかにでかけるんだ、人間と獣人の恋人同士が手をつないで歩いているなか、オレらも手をつないで」



「うん、いいね。でも歩いてどこにいくの?」



「どこでもいいんじゃない?」



 トゥエンも頭をリーシャによりかかった。耳たぶが頭頂部におしつけられてつぶれた。ぶつかってリーシャの髪がかすかにゆれると、彼女はやさしい目をしてほほえんだ。



「トゥエンくん、わたし、がんばってフードの男の正体をあばいてみせる。いきなりでアレだけど、ちゃんといわないと、やっぱり、ダメだと思ったから」



「うん、そうしてくれれば」



 トゥエンはおもむろに体を離した。立ちあがって、リーシャの正面で腰をまげた。目と鼻の先にあるのはリーシャの顔だった。互いの目をまっすぐ見つめあう。トゥエンの右手がリーシャの肩にそっとのせた。ゆっくりとおちてゆく羽毛のようだった。リーシャもまた、両手をトゥエンの首のうしろでからませて、トゥエンがはなれないようにした。ふたりとも同じタイミングで目を閉じて、唇をかさねた。

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