5.3 暗躍の企て

 酒場にもどってきたトゥエンは騎士服のままだった。ただしコリシュマーデを腰にさげており、手にはクレシアのための武器がにぎられていた。左のテーブルにリーシャとクレシアが寄り添っていた。その正面にいるのが、床に座らされている人質と、すぐ横のイーレイだった。



 トゥエンはおもむろにコリシュマーデをひきぬくと、人質の眉間めがけて剣先をむけた。訓練を受けていないせいだろう、殺気だったトゥエンに剣をむけられるだけで、目をつぶって、ヒイイと絞るような悲鳴をあげた。顔をみればなぐられたあとがある。トゥエンがたたかっているあいだに、イーレイから聴取を受けていたらしかった。



 顔のアザを気にすることなく、トゥエンは毅然とした態度で男を問いただした。男が襲撃の参加者であることをたしかめて、次に襲撃までのいきさつ。最後に、主導者が襲撃の場にいたのか、主導者は誰なのか。



 男は時々イーレイの顔を見上げ表情をうかがいながら、質問に答えるときはトゥエンの目を見ていた。まるでもうすこしで殺されてしまうような必死な目で、まさしく助けを求める目だった。イーレイやトゥエンのことを猛獣だと思っているらしかった。



 襲撃を計画したのは丸い何かのついたオスェンをきた、ふかくフードをかぶった男。その男が『イーレイよりもおれを指導者としてたたかうほうがもっと有利にうごかせる』といって内部分裂をおこした。しかし、イーレイを支持する人もたくさんいて、けっきょくその男につく人はすくなかった。男を支持した連中が今回の襲撃参加者なのだという。



 質問に全て答えた人質はいまにも突き刺さってきそうな剣先にビクビクしていた。いつ殺されてもおかしくないと考えているのか、イーレイの顔を見上げることもなかった。トゥエンが剣を振りあげただけでか弱い悲鳴をあげて、うしろににげようと足をばたつかせた。革ひもでむすばれているために、しかしそれはかなわなかった。



 刺突剣におののく目を感じながら、トゥエンは鞘におさめた。とたんに男の目がゆるんで、ため息にも似た息を吐いていた。



「そういうことなら、あんたはイーレイに従うんだ。すこしでもはむかえば、イーレイがあんたを殺す。それでイーレイ、お前にはエルボーにむかってくれ、この男といっしょに」



「どういうことだ?」



「例の男を支持した連中は街に来たので全員だ。つまり、街にはまだあんたの味方がいる。今のうちにエルボーに入って、街を守るんだ」



「あんたが考えていることがよく分からない」



「いいか。イーレイとリーシャとにそれぞれ接触してる奴がいる。ひとりなのか複数なのかまだわかってない。接触してるやつの意図が分からないかぎり、こっちはうごこうにもうごけない。せめて人々を守ることはしないと」



「それだけ? キルゲスにつきつけてきた条件は」



 横からリーシャの声がとびこんできた。顔を見れば、これから戦いに挑むかのような目力はどこにもみられず、トゥエンたちがただよわせているピリピリした雰囲気はなかった。そのとなりで、クレシアが緊張の面持ちでいた。



「組織をこわすことが条件だった。達成できれば、貴族の専属料理人として雇うようとりはからってもらうことになっていた。それが二カ月ほど前のことだった」



「キルゲスが組織に参加するちょっと前じゃない」



「関係がないとはいえないかな。騎士団への情報提供、それと組織破壊。二つを必要とする存在がきっといるはず」



「それぞれ関係ないってことは?」



「組織を破壊するなら、自分からうごけばいい。それでもわざわざイーレイに接触したんだ、しかも相手は貴族とのコネがある」



「貴族とつながりがあるってなると、おれらと接触してきたのは貴族か、貴族に仕える人間なのか? さらに騎士団にも関連があるとすれば、かなり絞られるのでは」



「そこまで推測するのはやめておこう。ここから先は調べる。あんたはエルボーを守ることだけに集中するんだ」



 トゥエンはエルボーにむかうよう、戸口をさし示した。男たちが横切る中、トゥエンは一連の問題の根本をさぐっていた。つまり、獣人組織の情報を騎士団に提供することによって、かつ内側から組織がこわれてゆくことによって、誰が一番得をするのか?



 情報が提供されれば、当然ながら王宮騎士団の利になる。組織がこわれるとなれば、有利にはたらくのは――ああ、誰もいないではないか。組織がやっていることといえば、ときおりある抗議の行進ぐらいだ。トゥエンが組織と関係をもってからは、すくなくとも抗議の行進しかない。襲撃は別問題としても、抗議程度で王政が崩れるとはおもえないし、人間の賛同を得られることもなかろう。



 別問題? 抗議の行進がはげしくなって今回のような襲撃になる可能性は十分に考えられる。これを予防するためか。さらにトゥエンの脳裏には、考えたくない仮説も顔をのぞかせた。イーレイに要求したヤツは、襲撃をさせたかったのかもしれない。内部を分裂させて片方を過激派にすることで、街を襲わせようとしたのではないか。時期をはかってイーレイからその集団をのっとれば、まさしく今回のように、集団を手中におさめることができる。しかしこれでは、情報で誰が得をするのか、トゥエンは説明できるほどの位置になかった。また、襲撃させる理由が見つからなかった。

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