5.2 二転三転
途中ででくわしてしまった赤いフードの敵をひとり、なぐって気絶させた。人を殺すそうとしているとしてはあまりにも戦略があまかった。もっと街いっぱいにひろがって一気にやってしまうのが一番手っ取り早いやり方なのだ。同じところにかたまりながら人を殺したりしているというところ、剣をもった相手をおそれているとしかいいようがなかった。ひとりひとりが弱いのかあるいは力を温存しようとしているのか。
「イーレイ、お前に情報をあたえたり求めたりしてきたフードの人物はいなかったか?」
「ああいたよ」
「今回のこの襲撃はお前の指示なのか?」
「ちがう! こんなやり方はやらない!」
「声をはりあげるな」
トゥエンはろうそくをひとつともして燭台にのせ、テーブル中央においた。あたりは暗く、明かりでかろうじてイーレイの顔が見える程度だった。彼の血走った目をだいだいの炎が照らしていて、炎は怒りにふるえるイーレイの手によって揺すられていた。
「たしかに人間はキライだ、殺したいぐらいだ! だがあんなにあまい戦い方はしない、武力的に不利にきまってるだろう!」
「その話はあとできこう。いまはこの暴動の主導者をみさだめることと、死人を出さずして暴動をおさめることだ」
「どうやるんだ、連中はもうオレの手の中にはない」
「武力行使ぐらいやれば状況は変わるかもしれない、あんたの実力がどれほどなのかは知らないがな」
「おれのこの剣で獣人を殺せっていうのか!」
「練習用斬撃剣をわたす。刀身は分厚いがその分重い。力加減さえうまくやれば、痛みを与えるには十分だ」
トゥエンは席をたって暗闇のなかを歩きだした。左手を油の炉をつたわせながら、炉にそって歩き、壁ぎわの棚にたどりついた。ときどきテーブルのろうそくへ目をやりながら、練習用剣の予備を手さぐりした。ろうそくのあるほうをみるのは、イーレイがトゥエン自身を殺そうとしない保証がどこにもなかったからだった。
「相手の数はどれぐらいだ?」
「おそらく三十人ぐらいだ。そのなかにはエルボーの騎士団員も」
「騎士団員だらけじゃないからましだろう。最優先すべきは、この王都アクソネから敵をにげさせること」
トゥエンは刀身をなぞりながら厚みや幅を調べて、やや幅広の練習剣とかなりほそい練習剣とを手にした。ろうそくのもとへともどるなり、幅広を差し出した。ろうそくに照らされた練習用剣は、遊び心のかけらもない、かなり地味なつくりだった。
「三十人相手に何をするつもりなんだ」
「これから鎖帷子をつけてくる。その間に考えるさ。ここで待っていてくれ」
しばらくして戻ってきたトゥエンの服装はこれまでにないほどのものだった。チュニックやオスェンといったものではなく、騎士服だった。剣にすこしでもたえられるようにきわめて厚手の布地、強い縫い糸をもって作られ、下は袴のようになっていた。庶民はおろか、王宮騎士団の団員でさえも手にいれることができる人はごくわずかなものである。トゥエンがきているものは、縫い目の線や布地、免許皆伝をあらわす刺繍がどれも目を見張るものだった。襟首からは鎖帷子の黒っぽい鎖にも一等の仕事がうかがえた。剣は練習用のほそいもの、コリシュマーデはというと、鍛冶場においてきたのだった。
トゥエンの案はこれだ――まず誰かを気絶させ、縛り上げた上で酒場に連行してリーシャに受け渡し。その間、相手をうまくさばきながら街の外までおしやり撤退をうながす。王宮騎士団がでて来るまでに全てを終わらせなければならない。トゥエンが予想するには、装備などを身につけるのを加味してながくても十分。
体感として三分ぐらいたったころだった。すでに人質はイーレイがはこんでいった。目をむけるところ全てに赤いフードをかぶった敵がいて、人間を殺しているものもいた。免許皆伝の刺繍を知っている者がいるらしく、ごくわずかではあものの、にげてゆく人もいた。どれもこれもが、騎士らしい服装ではなく、むしろ商人やら農民やらといった服装ばかりだった。鎖帷子をつけている様子もなかった。
トゥエンは目の前の剣を一瞬にしてはらい、横にとばした。シャアと地面に剣がすべる音を横に、間髪をいれず二の腕をうった。バキッと鈍い音がして男の顔がゆがんだ。利き腕が使えなくなれば圧倒的に不利、この場はにげるほかない。きるふりをすれば叫び声をあげてにげていった。
トゥエンをやすませることは誰もしなかった。うしろから不意をねらおうと剣を振りかざす敵がいた。しかしトゥエンは振りむきざまに剣を敵のそれにたたきつけ、するどい金属音があたりにとびかった。音だけではない、剣も男の手をはなれ、近くの男の胸にささった。目をあけたまま、そいつは力なく崩れおちた。
トゥエンの目つきは決闘のときの目つきとはまた別のするどさだった。相手を威嚇する猛獣の目。殺気だった雰囲気に、敵がたじろぎをみせた。うしろからまた誰かがとびかかってきたが、たったひと振りで黙らせた。
トゥエンはその間をのがさず声をあげた。にげるなら騎士団がうごけないいまだ、と。捕まれば死はまぬがれないぞ、とおどしをかける。おどしの次に、武力で王宮に訴えるにはまだ時期がはやい、と敵にかけることのないような言葉を発した。獣人も人間も知らない事実がある、と。
最後の言葉を聞いたとたん、連中がざわめきだした。たがいに顔をつきあわせて小声をかわしていて、奥の方には一歩あとずさる剣先があった。
「誰もいまだ知らない事実を明るみに出すにはこの暴動が失敗しなければならない! そしてこの程度、王宮にはなんの傷をおわせることもできない! 根本からこの国をかえるために、今回は手をひいてくれ」
トゥエンの言葉をさえぎろうとするかのような声があがった。人の群れのなかから、きくなきくなきくな、と荒々しい調子をまきちらして、そしてトゥエンの前にあらわれたのは、騎士団の制服をきた二人だった。トゥエンの目をするどい目つきでとらえていた。
トゥエンは剣を右手から左手にすっともちかえた。右手を離すやいなや、トゥエンはそのふたりにとびかかった。横に振りかぶった剣を受けとめようと、左側の騎士は剣を縦にして待ち構え、右側の騎士は右側のすきを攻めようと剣を振りあげた。しかし、騎士団員の考えはたたきこわされた――左手ににぎられた剣の攻撃には左側の剣は役にたたず、左側は二の腕に攻撃をもろにうけた。骨の折れる音とともに横に弾き飛ばされた左側は右側にぶつかり、右側はよろけた。そこをトゥエンが二の腕を破壊。地面に膝をつきながらも、折られた二の腕を押さえる騎士団員。
ものの十秒足らずでふたりを使いものにならなくした。左に剣をもつトゥエンは、右手のときよりもはるかに強かった。
トゥエンがまわりに視線をつきさしてゆくと、目があった人はみな、ゾゾゾと数歩あとずさりした。次にやられたいのは誰だ! そう大音声をあげれば、庶民の恰好はまたたくまににげていった。骨を折られた連中も、肩腕をかばいながらも遠ざかっていった。
トゥエンは練習用を右手に返し、その場にたたずんだ。だいたいはトゥエンの思い通りにいったが。エルボーがイーレイの手中におさまってわずかな間に兵力を築くことはできない。となると、たよりとなるのは騎士団員。団員さえヤッてしまいさえすれば、士気はかなりおちるはず。騎士団が出しゃばってきて、それをやっつければそれでよかった。
「でも、人が死んだ、指導者もいなかった」
トゥエンは胸に剣をさされた死体を見下ろした。傷からは赤い血が体をつたい、地面に血だまりを作った。血だまりのへりでは、石畳のすきまの地面に赤がしみこんでいった。赤くなった地面は、流れてくる血のせいで、あっという間に血だまりの底となってしまった。そのありさまをじっと見つめながら、本当に指導者らしき人はいなかったのか、記憶をたどるトゥエン。どこか遠くから眺めてはいなかったか? 庶民の恰好をして紛れこんではいなかっただろうか? 人を導くだけの風格をもった人物はいなかったか? 騎士団員について考えていないのは、『人間どもを殺せ』という声とはふたりとも程遠い声だったからだった。
うしろから駆け足が聞こえてきて、トゥエンは考えこむのをやめた。振りかえるなり、おそい、と言葉した。ようやくアクソネの騎士団員がやってきたのだった。シモフを先頭に、訓練で顔をあわせた騎士が五人、シモフと同じかそれ以上の齢の騎士が四人、十人の部隊だった。
「連中ならもうにげた、おまえらがおそいから」
「なあトゥエン、これはおれらの仕事なんだ、お前の仕事じゃない。できればにがさないでほしかった」
「不平をたらす暇があるならはやくけが人を介抱するんだな。きったりつかまえたりするだけが仕事じゃない」
「それもおれが指示すべきことなんだがな」
シモフはうしろの騎士たちに振りむいてひとこと、やるんだ、とつげると、騎士の靴音がトゥエンの横をかけぬけていって、地面にたおれる人間にむかっていった。声をかける騎士もいれば、助からないとみこんで『慈悲の一撃』を胸に刺す剣士もいた。
シモフに目を戻したトゥエンは、縦につらなる貝殻のボタンに目がとまった。
「それは騎士団の服じゃないだろう?それに貝殻の飾りボタンをつけた騎士服なんてみたことがないぞ」
「ちょっくら家の用事でな。目上の人と会うこともあったから、新しく繕ってもらった服をおろしたまでさ。それよりも、襲撃のことを」
「すまないが、いまは急ぎの用があっていかなきゃいけないんだ。明日の夕方、鍛冶場にきてくれるかな」
「しょうがないな、ならその時間に」
「ああ。それじゃ」
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