5 慟哭そして

5.1 騒乱

 クレシアにはリーシャのところにいるよう命じて、トゥエンは街に飛びだした。阿鼻叫喚とはいうほどではないが、目を閉じればたちまち戦場のようだった。どこから声が襲ってくるのか、建物に言葉がはねかえってきているためによく分からなかった。



 トゥエンはまず様子をうかがって、しかるべき武器を鍛冶場からもってこなければならなかった。単に人を殺せばよいのならばすぐにきってしまえばよいのだが、リーシャのうしろに誰かがいるということを知った以上、駒となっている人々を殺すわけにはいかなかった。イーレイがこの場を仕切っているならば、騎士団の目に触れぬうちに捕まえて、いろいろとたずねなければならなかった。もしかすると、リーシャのいっていたフードの男が暗躍しているかもしれなかった。やることがおおいとため息をつく余裕さえトゥエンにはなかった。



 通りが交わるところで、トゥエンは壁にはりついた。背中には勇み声と叫び声とがごちゃまぜになってぶつかってきていた。音のある方へのびる通りに顔だけをのぞかせれば、まず目に入ったのがにげてくる人々だった。人の肩と肩との間からは剣を掲げる腕がところどころにみえた。さいわい、その通りに鍛冶場が面していない。右側にある裏通りだった。鍛冶場が面している通りはといえば、人ひとりいないようだった。



 トゥエンの頭には、できるだけ早く刃のつけていない武器をもってくることだけしかなかった。道の交わるところで、人のたくさんいる通りを注意するのをすっかりわすれてしまっているほどだった。そのため、この通りへとにげてきた人とあやうくぶつかりそうになることもあった。たんに通りを進んでいる人がいなかっただけで、通りをよこぎる人はそれなりにいた。



 そしてついにぶつかってしまい、トゥエンは尻もちをついてしまった。尻にしみこんでゆくいたみ。肺を肩にむかってつぶされたかのような息のつまり。喉さえもおしつぶされた感覚に陥ったが、目はつぶることをゆるされなかった。



「イーレイ」



「お前は」



「近くにオレの鍛冶場がある、ついてこい。追われているのだろう?」



「――分かった」



 やけに素直なイーレイだった。やはり何かをしてやられた、騎士の勘でなくとも明らかなことだった。

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