4.9 逆鱗を引き抜く
町のたべもの屋で午後の食事をすませたトゥエンは、王宮の一室にいた。彼の前には白くきらびやかなオスェンをきた老人が一人。金の糸をところ構わず使っていて、目が痛くなるほどの豪華さだった。あいかわらず悪趣味だ、トゥエンはそうつぶやくのだった。
「トゥエン、お前が来るということは、きっとエルボーでのことだろう、え?」
「そうです。騎士団から何か聞いてるんじゃないかと思ってな」
「ああもちろんだ。獣人の輩がやらかしてくれたようだな」
「あんたには反省のきもちがないんのか」
「何のことだ」
「獣人を差別するようになったのはハプスブーグ家の責任。差別は反発しかうまない。だから、一刻も早く国として差別をやめると宣言しなければ」
ふん、と白オスェンは鼻で笑った。
「我々に責任はない。獣人はケモノだ。人間よりもおとる、オオカミやキツネと同じだ。狡猾なキツネ! そんな輩に人間と同等のあつかいをしてどうするんだ」
「ケモノはあんたのほうだ。人間とかわらない獣人をくいものにして、王宮のなかでぶくぶく太ってる。それに、かつて家をささえた獣人たちのことをわすれたのか」
「何を、しょせんはただの雑用係だったろう? それとも何か、あのけがらわしいお前の世話係のことか?」
「バレンさんをわるくいうな!」
トゥエンは言葉をあびせかけるなりコリシュマーデをひきぬいた。剣をにぎる手ははげしくふるえていて、もう一方さえもふるえていた。その手は怒りに満ちて、目もまた血走っていた。
だが、トゥエンはほとばしる憎しみを必死に抑えこもうとしていた。自分の感情ひとつで人を殺すのは、彼の中ではやってならないこととしていた。短絡的な考えで殺してしまうことがありうるからだ。この瞬間に国王を殺せば、獣人は国を変えようと立ち上がり、また、王宮をねらう貴族は王権ほしさにこの地におしよせ、戦いとなるとトゥエンは考えていた。ただでさえみにくい戦いなのに、よけいみにくい戦いとなってしまう。
トゥエンはやっとの思いで剣を鞘におさめ、手を離した。だがその手はまだおさまることを知らず、むしろ病的なぐらいのふるえ具合だった。剣を抑えこむだけの力をもっていても、国王に対する怒りは、トゥエンでも制御することができないまでに膨れあがってしまっているのだった。
「もうやめろ。ハプスブーグをささえてきた獣人たちに、いまはあだで返してる。獣人たちがいなければ、ハプスブーグ家はとっくのとうになくなってたはずだ。恩があるんじゃないのか」
「あだ、だと? お前は何をいってるんだ。あんな家畜のような獣人をわざわざ雇ったんだ、むしろよろこんでもらいたいものだ」
トゥエンはついにたえられなくなった。こぶしをうしろに振りかぶって、白オスェンとの間合いをつめ、頬をぶんなぐった。デブたれはおしつぶされたかのような声をあげてうしろによろめき、壁ぎりぎりでふんばった。なぐったときの音が外にも聞こえたのか、部屋の戸ががばりとあいて、扉を守っていた騎士団員が中にとびこんできた。
「愚かなものだ、お前はすぐに後悔することになるぞ、トゥエン」
「そのままそっくりかえしてやる」
トゥエンはいらだちをにじませるはげしい足どりで騎士二人の間をすりぬけ、部屋の外へとでていった。普通なら捕まってしまうものだろうが、どういうわけか、騎士はトゥエンをおうことはしなかった。
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