4.8 青騎士シモフ
家に帰ってからは武器をこしらえる。かたい鋼とそれよりもやわらかい鋼とを何層にもかさねた刃のないナイフを二本。ナイフよりも肉厚で、ながさは刃だけで顔ぐらいあった。何より特徴的なのがつばの部分だ。まるで天をさそうとする雄牛の角のように、つばの両はしがが刃先の方向へむいていて、かつ、刀身と同じぐらいのふとさと厚みがあった。これが相手の剣をうごけなくさせための工夫だった。
二本のナイフを油の釜に火をくべて焼きもどしにとりかかったところで、横から男の声がかかった。騎士団の青い制服を着て、襟口からは鎖帷子がちらっとみえる。シモフだった。ついに小隊をまかされることとなって、昇格したとのことだった。従来の黄色い制服ではなく、青い制服を着ていた。
「で、報告してわかったことなんだけどよ、誰もあっちに連絡をしてはいないようなんだ」
「それがどうしたんだ? あたりまえのことじゃないか」
「トゥエン、考えてみろ。騎士団の人間が来ることは誰も知らないはず。トゥエンにしたって同じだ。こんな状況で、騎士団をはめようと考えられるか?」
「オレのことはたまたまって見なした方がいいかもしれない」
シモフの言葉を耳にしながら、トゥエンは腕をくんでしゃがみこみ、火入れ口をのぞきこんだ。顔が赤みをおびている中、考えているのは答えだった。叫ぶ演技をしていたあのとき、町をあげてシモフたちをおびきよせて殺そうと、最低でも拘束しようとはしたのだろう。そうなれば捕まえなければならない理由があるはずだった。
木炭を火のなかになげいれつつ、青い制服を見上げた。
「なあ、なんかしたか?」
「なんかって、誰にだよ」
「イーレイとかエルボーの町に。連中とシモフにはなんらかのつながりがないとおかしいんだ」
「分かってたらとっくのとうに話してるさ。それに、首謀者はイーレイなのだろう? 街というよりも個人どうしの関係を調べたほうがいいだろう」
シモフがトゥエンのとなりにしゃがみこんだ。トゥエンは日の前で全く動じていないのに、シモフはまともに目をあけていられなくて、ものの一秒足らずで顔を逸らした。熱いなおい、と言葉をもらしながら、あっという間に赤くなった頬に手をおしあてた。
「今一番ききたいことなんだが、連中が、イーレイの所在を探しに俺が来ると考えた可能性はあるのか?」
「可能性としてはあるだろうな。選択肢のひとつとしてあげるのはたやすいからな」
「なら、俺とトゥエンが同じ日同じ時間にエルボーにいたことを予想できるか?」
「できないね。オレをずっとつけて監視でもしてないかぎりは」
「ムリか。それにしても監視役とは、気になることではあるな」
「監視役がいて、かつそいつの身柄を確保できれば真相解明一直線だけれど」
トゥエンは火のなかに炭をなげたのちに中腰となって、炉のなかをのぞきこんだ。手をかざしてただよう熱気を手にうけて、トゥエンは、よし、とつぶやいた。すると壁に立てかけてあったスコップを手にして、炉の横に予め作っておいた粘土をすくいとり、炉の火口をふさぎはじめた。
「トゥエン、もうひとつききたいんだ」
「なんだ? 監視役のことか?」
「いや、きのう同僚から聞いた話なんだ。そのな、本人の話だと、王宮の警備をしてたときに女性とすれちがったんだと。そのとき、その女性の耳がうっすらと毛に覆われてたんだってよ。人間の耳とかわらないぐらいでそのときはなんとも思わなかったけれど、よくよく考えてみたら、人間の耳にはあんなに毛が生えないって気づいた、っていうこと」
「王宮内に獣人の血が入りこんだっていいたいのか?」
ああ、という声を聞いたとき、トゥエンは粘土で火口をふさぎ終わったところだった。もっさりとつもった粘土。どこからも中の赤さが飛びだしていなかった。トゥエンはもういちど、よし、とくちにしてから、油の釜に背をむけた。
火床の炎に器具をつっこんで、ナイフを取りだした。すぐさま油の炉へ大股でかけより、油にしずめた。はねかえるようにしてまた火床とむかいあって、もう一本を油へと。炉の中で、暗い赤色だったナイフはすでに赤みをうしなっていた。
「なあ、その人の姿ってどんな感じだか分かってるのか?」
「いや、耳しか頭にのこってないってことだから」
「それだけじゃ探すのはムリだな」
「探すとかいう問題以前に、どうして獣人の血が王宮に用事があるんだ」
「たしかにそれも問題ではあるな。獣人の血がすこしでもまざっていれば獣人とするのが、今の王宮だからな。徹底的に排除してるはず。それも日中だろ? そんな無謀なことする獣人がいるとは思えない」
トゥエンは道具をもったままイスに腰かけた。おうようにしてむかい側に座るシモフの姿に目をやった。イスに腰をおちつけるまで、シモフの視線はトゥエンからぶれることなく、まるでトゥエンを疑っているかのような目をしていた。トゥエンはなんとなく察しながらも、目を逸らすことだけはしなかった。
シモフはトゥエンが何か思い当たるところがあるのでは、と考えていたのだろう。しかし、トゥエンには思い当たるところはどこにもなかった。いや、あるのはあるが、シモフが求めているような人物ではなかった――イーレイを首謀者としているいま起きているできごとのこと。もしイーレイが王宮に出入りする人物を知っていたら、何か明らかになっていない事情があるかもしれないのだ。
イーレイ、と口にしたところで、ひとつまずいことに気づいた。シモフが獣人の組織を知らないことだった。ここで組織があることを知らせてしまえば、組織に調べが入ってしまうかもしれない。わるいことではないものの、王宮騎士団となると話がべつだ。王宮の力はいまのところ、できるだけ遠ざけておきたかった。
「そのことは、オレに任せてはくれないか?」
「王宮への不法侵入だから、俺ら騎士団がやらなきゃいけないことだ」
「いちおう、オレは騎士団を指導する立場にあるぞ」
「でも正式な団員じゃない」
「なあシモフ、お前は騎士団員だ。だから王宮側の考えにのっとったことしかできない。獣人の問題はとても繊細なんだ。王宮が考えてる以上に。もしいま獣人を捕まえて牢獄にいれてみろ、イーレイをはじめとする獣人の一派がこの都をこわそうとたちあがるぞ。それこそこの国の破滅だ。この地は混乱して、まわりの国からは攻めこまれ、アストヴァイシャ人の国がなくなってしまう」
シモフは、ふう、とわざとらしく声を出しながら空気を押し出し、体を油の釜のあるほうへむけた。スー、と空気を取り込みつつ、腰に手をあてて上半身を反らした。
「騎士団は王宮に出入りする獣人の姿を知らない。トゥエンなる人物がそのことに気づき、独自に調べはじめた、なんかあったときにはこう説明すればいいのか?」
「何も知らなかった、にしてくれるともっといい。とにかく、恩にきるよ」
組織のことをほのめかさずにことをはこべて、トゥエンは安堵の息をもらした。シモフに借りを作ったということもあり、また、時間としても腹がすくころあいだった。シモフをさそってどこかへたべにゆこうとひらめき、イスをたった。
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